タマスピ
今日の『癒しのことば』Vol.170
「実験結果が予想と異なると、日本の科学者の多くは失敗したと思い、ノー
ベル賞受賞者は新しい現象の発見の始まりと思う」
-- 石田寅夫(旭化成ライフサイエンス総合研究所)--
----------------------------------------------------------------------
毎日決まりきった道を歩いているだけでは、この世界の本質を見失うことに
なってしまいます。
よく知っている道は、確かに安全でしょうが、新しいことにはほとんど出会
えないのではないでしょうか。
いつも似たようなパターンで考えていたり、同じスジ道でものを見ることに
とらわれていると、とても自分を小さくしてしまうことになります。
山などでは本来、道というものは存在しなかったのです。
人間が、通りやすいところ、安全なところを選んでつけていった印ですから、
その上を歩いていても、自然の本当の姿は見えてはきません。
山頂から流れ出る湧き水は、その年ごとに流れる経路を変化させていきます。
転がってきた岩や落ちてきた枯れ枝などが、どんどん水の流れる地相を変え
ていきますが、水には決まった道筋など必要はありません。
水は、どんなに大きな岩に出会おうとも、大きな穴があろうとも、抗うこと
なく、あきらめることなく、柔軟に対応して、ただ自分の目指すところへ向
かって流れていきます。
人生だって、この山の地相のように絶えず変化しています。
そして生きていくということは、その山の斜面を水が流れていくのと同じよ
うなことなのかも知れません
自然同様に変化に富み、何が起こるのか予測もできない世界を、しなやかに
受け止めていくことこそが、私たちが生きていくということなのではないで
しょうか。
それだからこそさまざまな感動や新しい発見があるのです。
そして、その経験から私たちは、さらに大きく成長していくことができるの
です。
誰かが掘った水路に沿って流れていくことだけを選択するということは、安
心感を与えてくれます。
でも、いつかはその流れから外れて、大きな世界に流れ出すときがくるでし
ょう。
そのときに、決まりきった道を歩くように乗り切ろうとしても、それは不可
能です。
あなたは違った考え方、新しいものの見方を身につけることの必要性を痛感
することになるでしょう。
たまには、道なき道を歩いてみたり、他の人のいろいろな考え方や意見を受
け容れてみてもいいのではないでしょうか。
今までの自分とは違ったパターンで生きてみるということを楽しんでみても
いいかも知れません。
どんなことでも、これがすべてだと決めつけるのではなく、いろいろなもの
を受け入れることのできる「しなやかさ」を身につけることが、私たちが、
ひとまわり大きくなったということなのでしょう。
そして……
ちょっと挫折したり、ものごとが自分の思ったようにいかなくて苦しんでい
るときこそが、それを気づかせてくれるチャンスになることが多いようです
ね。
@@@@@
光の前世療法で光の存在からメッセージを受け取ります。
「私の今生の目的は何ですか?」
「私のこれからの使命は何ですか?」
「私の天職は何ですか?」
「私のソウルメイトは誰ですか?」
光は答えてくれます。
「忍耐です」「忍耐から何を学べますか?」「優しさです」「いつまで忍耐を続けるのですか?」「もうすぐ終わります」「終わったら、私はどうなっていますか?」「優しくなっています。人の弱さ、辛さ、苦しみがわかります」「優しくなったら、どうなりますか?」「自分を愛せます」・・・・・こんな具合に、プラトン対話篇風に光との対話が続いていきます。
対話の切りどころがあります。それは、とても単純な答えがグルグル回り始めたところです。
「愛する」「許す」「認める」「信じる」「大丈夫」
光と強く繋がれば繋がるほど、メッセージは単純になってきます。
それは、いろいろな本に書かれているメッセージと同じです。
どんな人でも、どんな手法を用いても、結局、大いなる光さんに繋がって、同じメッセージを持ち帰ってくるわけです。
光の言葉がもう知っている言葉だと、左脳スピリチュアルな人たちの多くは、自分で創ってしまった、失敗した、もっと修業しなくては、と思います。
右脳スピリチュアルな人たちの多くは、自分はすごい、目覚めている、選ばれている、と喜び、人を救えるぞ、癒せるぞ、と意気込みます。
魂のスピリチュアルな人たち(タマ・スピ:できたてホカホカの新語)は、「素直に、あるがままに、ありがとう」で光のメッセージを受取り、もっともっと「ありがとう&幸せ&悦び」に充ちて、愛と笑いが溢れ出ていきます。
昔、研究室で動物実験をしていました。どこの研究室でも語り継がれている口伝がありました。
「実験を始めて3〜40回目までは失敗が続く」
最初だから正書通りにきっちりとチェックしながらやってます。でも、ことごとくダメ。それがある頃から、うまくいき始めるのです。なぜ?はわかりません。同じ手順なのにデーターが揃い始めます。おもしろいなぁ、と思いました。
それは博士号を取るための研究だったので、予想した結果を出せばよかっただけだったのですが・・・・あの頃、ちょうど昭和が終わった(大喪の礼を研究室のTVで見ましたから)頃から、怪しかったわたしです。
心電図とか脳波とか(実際にやっていたのは脳幹誘発電位)は神経電位の変化を身体の外から測定しているわけですが・・・なんで身体の外からわかるの?? と思っちゃったのです。
そう、なぜ鳥やチョウチョは飛べるの? みたいな疑問です。
よせばいいのに、いただいていた顧問教官からの論文テーマをそっちのけにして、その??の解明にやっきになったのでした。
それは風の正体を探るような実験で、わたしはけっこう楽しんでやってました。そして、出た結果は・・・
耳から入ってきた音は内耳でパワーベクトル(カメハメ波みたいな感じ)となって脳幹全体を駆け上がっていきます。その電位は確かに聴覚経路を伝わっていくのですが、それを核:コアーとして、そのまわりの脳幹全体、さらには髄液・硬膜・頚椎頭蓋骨と周囲の筋肉組織にまで及ぶ広大なパワーエネルギーとなって上行していきます。
学会発表できるところまで、その結果をまとめましたが、当然のごとく、担当教官や同僚たちからはソッポを向かれました。左脳社会では、あいつはダメだ、のレッテルをはられちゃったわけですね(その後、けっこう干されました)。でも、とってもうれしかったことがあります。脳波学会のポスター発表を見てくださった、どこかの先生(教授風だったなぁ)が、君の研究はおもしろい、がんばりなさい、と言われました。もちろん、そのまま研究を続けさせてくれるような環境ではなく、博士号も風とともに去りぬ、になってしまったわけですが、自分の中ではなんだかキラキラした研究室時代の思い出です。
あのままやっていたら・・・ノーベル医学賞? ロスアラモスの土??
今から思えば、あれは 氣の研究 みたいなものでしたね。
オーラというのは、脊髄ー脳のパワーエネルギー:これはもう眩しい光の杖ですね から溢れ出た光を見ている・感じているわけです。だから、あれはね、絶えず変化してるんだよ。あなたのオーラは何色・・・で一喜一憂しないこと。
風は何から出来てるの? 鳥はどうして飛べるの? それを知りたがるのは左脳だね、もちろん、それも大切だし、それも善きこと。
風が気持ちいいなぁ、鳥の唄が気持ちいいなぁ それを感じるのは右脳だね、もちろん、それも大切だし、それも善きこと。
風になって、鳥になって、自分を包み込んで、ひとつになって・・・そんな悦びと幸せ そのものになるのがタマ・スピですよ。これも善きこと也。
右の人、左の人、タマの人
みんな、今、幸せで笑顔だったら、それが最高の人生、生きがいの人生なんですよん。
| 固定リンク



最近のコメント