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2009年6月

タマスピ

今日の『癒しのことば』Vol.170


 「実験結果が予想と異なると、日本の科学者の多くは失敗したと思い、ノー
  ベル賞受賞者は新しい現象の発見の始まりと思う」

      -- 石田寅夫(旭化成ライフサイエンス総合研究所)--


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 毎日決まりきった道を歩いているだけでは、この世界の本質を見失うことに
 なってしまいます。

 よく知っている道は、確かに安全でしょうが、新しいことにはほとんど出会
 えないのではないでしょうか。
 いつも似たようなパターンで考えていたり、同じスジ道でものを見ることに
 とらわれていると、とても自分を小さくしてしまうことになります。


 山などでは本来、道というものは存在しなかったのです。
 人間が、通りやすいところ、安全なところを選んでつけていった印ですから、
 その上を歩いていても、自然の本当の姿は見えてはきません。


 山頂から流れ出る湧き水は、その年ごとに流れる経路を変化させていきます。
 転がってきた岩や落ちてきた枯れ枝などが、どんどん水の流れる地相を変え
 ていきますが、水には決まった道筋など必要はありません。

 水は、どんなに大きな岩に出会おうとも、大きな穴があろうとも、抗うこと
 なく、あきらめることなく、柔軟に対応して、ただ自分の目指すところへ向
 かって流れていきます。


 人生だって、この山の地相のように絶えず変化しています。
 そして生きていくということは、その山の斜面を水が流れていくのと同じよ
 うなことなのかも知れません
 
 自然同様に変化に富み、何が起こるのか予測もできない世界を、しなやかに
 受け止めていくことこそが、私たちが生きていくということなのではないで
 しょうか。

 それだからこそさまざまな感動や新しい発見があるのです。
 そして、その経験から私たちは、さらに大きく成長していくことができるの
 です。

 誰かが掘った水路に沿って流れていくことだけを選択するということは、安
 心感を与えてくれます。
 でも、いつかはその流れから外れて、大きな世界に流れ出すときがくるでし
 ょう。

 そのときに、決まりきった道を歩くように乗り切ろうとしても、それは不可
 能です。
 あなたは違った考え方、新しいものの見方を身につけることの必要性を痛感
 することになるでしょう。
 

 たまには、道なき道を歩いてみたり、他の人のいろいろな考え方や意見を受
 け容れてみてもいいのではないでしょうか。
 今までの自分とは違ったパターンで生きてみるということを楽しんでみても
 いいかも知れません。

 どんなことでも、これがすべてだと決めつけるのではなく、いろいろなもの
 を受け入れることのできる「しなやかさ」を身につけることが、私たちが、
 ひとまわり大きくなったということなのでしょう。

 そして……
 ちょっと挫折したり、ものごとが自分の思ったようにいかなくて苦しんでい
 るときこそが、それを気づかせてくれるチャンスになることが多いようです
 ね。


@@@@@
光の前世療法で光の存在からメッセージを受け取ります。
「私の今生の目的は何ですか?」
「私のこれからの使命は何ですか?」
「私の天職は何ですか?」
「私のソウルメイトは誰ですか?」
光は答えてくれます。
「忍耐です」「忍耐から何を学べますか?」「優しさです」「いつまで忍耐を続けるのですか?」「もうすぐ終わります」「終わったら、私はどうなっていますか?」「優しくなっています。人の弱さ、辛さ、苦しみがわかります」「優しくなったら、どうなりますか?」「自分を愛せます」・・・・・こんな具合に、プラトン対話篇風に光との対話が続いていきます。
対話の切りどころがあります。それは、とても単純な答えがグルグル回り始めたところです。
「愛する」「許す」「認める」「信じる」「大丈夫」
光と強く繋がれば繋がるほど、メッセージは単純になってきます。
それは、いろいろな本に書かれているメッセージと同じです。
どんな人でも、どんな手法を用いても、結局、大いなる光さんに繋がって、同じメッセージを持ち帰ってくるわけです。

光の言葉がもう知っている言葉だと、左脳スピリチュアルな人たちの多くは、自分で創ってしまった、失敗した、もっと修業しなくては、と思います。
右脳スピリチュアルな人たちの多くは、自分はすごい、目覚めている、選ばれている、と喜び、人を救えるぞ、癒せるぞ、と意気込みます。
魂のスピリチュアルな人たち(タマ・スピ:できたてホカホカの新語)は、「素直に、あるがままに、ありがとう」で光のメッセージを受取り、もっともっと「ありがとう&幸せ&悦び」に充ちて、愛と笑いが溢れ出ていきます。

昔、研究室で動物実験をしていました。どこの研究室でも語り継がれている口伝がありました。
「実験を始めて3〜40回目までは失敗が続く」
最初だから正書通りにきっちりとチェックしながらやってます。でも、ことごとくダメ。それがある頃から、うまくいき始めるのです。なぜ?はわかりません。同じ手順なのにデーターが揃い始めます。おもしろいなぁ、と思いました。
それは博士号を取るための研究だったので、予想した結果を出せばよかっただけだったのですが・・・・あの頃、ちょうど昭和が終わった(大喪の礼を研究室のTVで見ましたから)頃から、怪しかったわたしです。
心電図とか脳波とか(実際にやっていたのは脳幹誘発電位)は神経電位の変化を身体の外から測定しているわけですが・・・なんで身体の外からわかるの?? と思っちゃったのです。
そう、なぜ鳥やチョウチョは飛べるの? みたいな疑問です。
よせばいいのに、いただいていた顧問教官からの論文テーマをそっちのけにして、その??の解明にやっきになったのでした。
それは風の正体を探るような実験で、わたしはけっこう楽しんでやってました。そして、出た結果は・・・
耳から入ってきた音は内耳でパワーベクトル(カメハメ波みたいな感じ)となって脳幹全体を駆け上がっていきます。その電位は確かに聴覚経路を伝わっていくのですが、それを核:コアーとして、そのまわりの脳幹全体、さらには髄液・硬膜・頚椎頭蓋骨と周囲の筋肉組織にまで及ぶ広大なパワーエネルギーとなって上行していきます。
学会発表できるところまで、その結果をまとめましたが、当然のごとく、担当教官や同僚たちからはソッポを向かれました。左脳社会では、あいつはダメだ、のレッテルをはられちゃったわけですね(その後、けっこう干されました)。でも、とってもうれしかったことがあります。脳波学会のポスター発表を見てくださった、どこかの先生(教授風だったなぁ)が、君の研究はおもしろい、がんばりなさい、と言われました。もちろん、そのまま研究を続けさせてくれるような環境ではなく、博士号も風とともに去りぬ、になってしまったわけですが、自分の中ではなんだかキラキラした研究室時代の思い出です。
あのままやっていたら・・・ノーベル医学賞? ロスアラモスの土??
今から思えば、あれは 氣の研究 みたいなものでしたね。
オーラというのは、脊髄ー脳のパワーエネルギー:これはもう眩しい光の杖ですね から溢れ出た光を見ている・感じているわけです。だから、あれはね、絶えず変化してるんだよ。あなたのオーラは何色・・・で一喜一憂しないこと。
風は何から出来てるの? 鳥はどうして飛べるの? それを知りたがるのは左脳だね、もちろん、それも大切だし、それも善きこと。
風が気持ちいいなぁ、鳥の唄が気持ちいいなぁ  それを感じるのは右脳だね、もちろん、それも大切だし、それも善きこと。
風になって、鳥になって、自分を包み込んで、ひとつになって・・・そんな悦びと幸せ そのものになるのがタマ・スピですよ。これも善きこと也。

右の人、左の人、タマの人
みんな、今、幸せで笑顔だったら、それが最高の人生、生きがいの人生なんですよん。

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ジロでイタリア

今日の『癒しのことば』Vol.170から転載


 「メッキを金に通用させようと切なる工面より、真鍮で通して真鍮相当の侮
  蔑を我慢するほうが楽である」

                 -- 夏目漱石 --


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 自信を持っていない人に限って、人からは良く見られたいという気持ちが強
 いようです。

 これは自分が自分を認めることができないので、何とか他の人から認めても
 らいたいという願望の表れのようですね。
 
 そのこと自体は、けっして悪いことではありません。
 誰からも認めてもらえるように自分を磨き、努力を重ねていくという気持ち
 は、私たちにとってとてもプラスに働きます。

 ただ多くの人は、自分を大きくしてアピールしようとするよりも、何かを身
 にまとうことによって人に認められようとするようです。

 ブランドの衣装や高価な装飾品、制服や肩書き、学歴やどんな会社に行って
 いる、どんな資格を持っている……
 あるいは、どんな不幸な半生を送ってきたか、どんなに苦労してきたかとい
 うことすら自分を認めてもらうための武器になります。

 また、競争相手や仲間、または世間一般の人をけなすことによって、相対的
 に自分の点数を稼ごうとする人もいるようです。
 目立つ仕事ばかりをやりたがったり、他人を小馬鹿にしたりするのは、そん
 な人たちの常套手段です。

 いくら上手く塗ったとしても、メッキはいつかは剥げるものです。
 剥がれていくメッキを気にしてばかりいるのは、とても疲れてしまいそうで
 すね。

 そんな背伸びや、ムリをしなくても、あなたがあなたのままでいて、あなた
 らしく生きていれば、まわりの人は、ちゃんとあなたを認めてくれるもので
 はないでしょうか。

 輝く黄金は、もちろんうつくしいものです。
 でも金では代用できない用途が真鍮にはあります。
 真鍮は、真鍮の独特のうつくしさを持っているのです。

 もっとあるがままの自分を認めてみましょうよ。
 誰が認めるよりも、自分が自分のすばらしさをいちばんよく知っているはず
 です。
 自分らしく生きていく方が楽ですし、自分が本当にやりたいことも見つかる
 でしょう。
 そして、そこから自信も湧いてくるのではないでしょうか。


 いくら格好良く見えても、他の人のサイズに合わせて作られた服をきゅうく
 つそうに着ているのと、少々デザインが気に入らなくても、自分にピッタリ
 の服を楽そうに着こなしているのとでは、人が見たときにどちらがいいと思
 うでしょうね。

 それに……
 最近ではファッション界でも、流行を追い求めるのは流行らないようで、そ
 の人なりの個性を活かす着こなしが注目されているようですし……


@「スピリチュアル」もすっかりブランド化されちゃいましたねぇ。
ファッションであり、教養であり、ステータスっぽい学歴でもあり・・・
凡人にはわからない、見えないことが自分にはできるんだ
宇宙の神秘も、魂の真実も知ってるんだぞ
先生と呼ばれ、師と呼ばれ、神と呼ばれ・・・
困っている人たちを助けている、真理へと導いている、良いことしている
だから、これが私の使命だ、天命だ、生きがいだ、生まれてきた意味だ
ふぅぅ  
うすっぺらいですねぇ うちの近所の江戸前薄焼きせんべいの方がよっぽど美味しいですよん

「素直に、あるがままに、ありがとう」
(昨日降ってきたこのフレーズ 気に入ってます)

自分があるがままに、素直に、今を生きていると、
人にも、あるがままに、素直に、接するようになります。
人をコントロールしなくなりますね。
これが真理や真実だなぁ、と思えるものだって、それが唯一になればなるほど、いろいろな輝きがあって美しいんだから、ほんものの光(闇と光が溶け合った一元性の光さん)はあまねく世界(多次元・時空間のすべての世界)に拡がっている、ひとつの光の粒(人さし指の先っぽに乗るくらいかな)なんだから、なんでもオーケー、すべては光であり陰であり、そこにあって善く、なくて善きもの・・・?? なんや、こりゃぁ般若心経やん?

「あるがままに」
認めましょう
許しましょう
そしたら
愛してます
信じてます  にスパイラルで昇天していけますよ
誰でも、いつでも、難行苦行も学びや悟りやA-HAなしでね
おっと、せっかく手に入れたお気に入りのブランド・スピリチュアルもなしになっちゃうぞ・・・う〜ん、困った? むつかしい? この先どうしていいのかわかんない?
ここがスピリチュルケアや統合医療の泣きどころかなぁ。
自転車乗るみたいなもんなんだけどなぁ。
乗れたら簡単。
乗れないうちは奇跡だ、ムリだ、神ワザだ?
今度、自転車乗ってるときに思い出して、感じてみてね。
「これが あるがまま なんだぁ」って。

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一本橋

今日の『癒しのことば』Vol.168から転載


 「幸せを数えたら、あなたはすぐ幸せになれる」

    -- ショーペンハウアー(ドイツの哲学者)--


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 ものが「存在」するというのは、どういうことでしょうか。

 たとえば、私の目の前には1冊の本があります。
 目で見ることができますし、手に取って触れることもできます。
 だから私は、この本が確かに「存在」していることを疑いはしません。

 でもそれでは、目が見えない人や手の感覚が麻痺している人にとっては、こ
 の本は「存在」しないものなのでしょうか。

 そんなことはないですよね。
 たとえこの本のことを知らない人がいたとしても、私にとってこの本は確か
 に「存在」しています。
 逆に私が見ることができないもの、触れることもなかったものだって、確か
 に「存在」しているものはいくらでもあるでしょう。


 イヌは人間の何万倍もの嗅覚を持っていますし、コウモリは人には聞くこと
 のできない超音波でまわりの情報をキャッチしています。
 聞いた話では、紫外線を見ることができる蝶もいるらしいですね。

 人間に感じることが無理だからといって、そんな臭いや音や紫外線が存在し
 ないということにはならないでしょう。
 ところが私たちが、それらを感知する装置を持つまでは、その臭いや音や紫
 外線は存在しなかったと言ってしまっても良いかも知れません。

 もちろん科学的には、それらは装置が開発される以前からこの世に存在して
 いたということは間違いないでしょう。
 その認識はとても大切です。
 でも、私たちは自分の感覚を通して世界を認識し、自分の感じ方、見方に従
 ってこの世界を生きています。

 もっと重要なのは、その本が「存在」するかどうかより、その本からどれだ
 けのことを学んで活かしていくかということではないでしょうか。
あなたにとっての真実は、あなたの内側以外のどこを探しても見つかりはし
 ません。
 どんな見方をするか、どんな世界観を持つかによって、あなたはどんな世界
 にも生きることができるのです。

 たとえ失敗したり、失恋して、目の前が真っ暗になったとしても、実際に太
 陽が明るくなったり暗くなったりするわけではありませんね。
 そう思うあなたの心があるだけのようです。

 あなたが何か問題を抱えていたり、ものごとに行き詰まっていたとしたら、
 解決を外に求めずに、自分の内側をプラスにすることをはじめてみましょう。


 「事に当たって、行き詰まるということはない。行き詰まるということは、
  行き詰まるようなものの考え方をしているからである」

 松下幸之助は、こんな世界観を持っていたようです。
 そして、その通りの人生を送りました。

 誰のためでもない、あなたの人生が確かに「存在」しています。
 外の世界のことよりも、まず自分で自分の人生をプラスにしていくことを、
 はじめることがいちばん重要でしょう。

 なに、難しいことはありません。(難しいと思った人は、やっぱりそういう
 見方をしているだけなのかも知れませんね・・・)

 次の3つの「いる」を受け入れてみてください。

 ・ 誰とも比べることのできない、すばらしい個性を持った自分がいる。
 ・ 今、自分なりの居場所にいて、自分なりにできることをやっている。
 ・ そして、いつも幸せに生きている。


@夜空の星 美しいですね。
大阪の都会の星より、養老の星の方がキラキラ瞬いています。
都会の夜空よりも、大自然の夜空の星々の方が美しく見えます。
星は同じように輝いているはずなのに・・・
夜空が暗いほど、星は明るく見えるからですね。
お金がない、仕事がない、友だちもパートナーもいない、家族がうまくいかない、・・ない、・・・ない、・・・・ない、
そんな漆黒の夜空のような不幸の中でも、頭をあげて、目を開いて(涙でウルウルしてたら涙をふいて)、夜空を見上げると、小さな幸せがいっぱい輝いています。
曇りで見えない? それはね、
素直に、無邪気に、あるがままに、
ありがたいなぁ、うれしいなぁ、が今のわたしのどっかに残っていないかなぁ・・・うん、あった、あった
ほら、晴れたでしょう。星が見えるでしょう。
ひとつ 星を見つけたら、どんどん星が増えてきますよ。
そして、星々が輝きながら降り注いできます。
幸せはだれのこころの中にもあります。
内なる宇宙とつながると、幸せが内から沸き出でてきます。
幸せのファースト・ステップですね。

そして、夜が明けます。
お日さまが昇って、夜空を光で満たします。
星々が見えなくなっていきます。
でも、ちゃんと星々は同じように輝いていますよね。
内なる幸せはお日さまの光
ニコニコ輝くお日さまは愛そのもの
世界が光で愛と幸せの光で充たされます。
光で満ちた宙の星々に・・・あれれ? 小さな陰がありますよ。
彗星の尾っぽのような陰が・・・夜空では暗くて見えなかったんだけど、
光の中では、かすかに陰を引いてるように見えます。
気になるなぁ・・・ほら、
真っ白な紙の小さなシミみたいに
透き通ったグラスについた小さな指紋みたいに
気になり出すと、どんどん浮き上がってきます。
あかん! これはダメだぁ! どうしよう・・・あたふた・・・
これが光が闇を恐れる原因なのです。
この闇ってウソの闇なのにねぇ。
本物の闇は山のように
どっしりと安定して動きません。でも、時空間と多次元をダイナミックに大きく流れ、和を作っています。
私たちが今、生きているこの現実はこの本物の闇で出来ています。
不安も恐怖もハリボテの闇。
自分を認める、許す、愛する。ゆえに、人を認める、許す、愛する。
人を見つめる、ほめる、感謝する。すると、自分に感謝と祝福が戻ってきます。

「素直に、あるがままに、ありがとう」

バイク試験の一本橋のように、スピードを出していると平気だけど、ゆっくり&ゆっくりになるとグラグラ恐怖&不安を作り出してしまいます。
バイクを信じて(エンストするんじゃないか? ブレーキが弱いんじゃないか? 前の人が失敗したじゃないの?)、
そのために自分を信じて(自分に自信があれば大丈夫! )、

「素直に、あるがままに、ありがとう」
自分を信じていれば、何でも大丈夫ですよ。


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パイレーツ

今日の『癒しのことば』Vol.167から転載


 「成功の秘訣は、職業をレジャーと見なすことだ」

    -- マーク・トウェイン(アメリカの作家)--


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 私たちは、人生を楽しむために生きています。

 それは間違いないようですが、多くの人は「楽しく生きる」ためには、ある
 程度のお金が必要だから、一生懸命働かなければならないのだ、という考え
 を持っているようです。

 どんなことであっても、「やらなければならないこと」となるとこれは苦痛
 を伴います。
 自分の今の仕事に、充分満足している人は、別として、仕事とは、生活のた
 め世間体のために「やらなければならないこと」と思っている人が多いよう
 ですね。

 だから、せめて休みの時には、「楽しく生きる」ために仕事から逃れたいと
 思うようですね。

 そんな人たちが思っている「楽しく生きる」こととは、たとえば、連休には
 普段のつまらない仕事から解放されて、どこかへ旅行へいくとか、何か趣味
 に没頭するということのようです。

 でも、みんなが休みの日に旅行へ出かけたとしても、どこも混雑しているし
 サービスもよくはありません。
 趣味に熱中するといっても、寝食を忘れてということになれば、かえって疲
 れるだけです。

 こんなことが果たして、本当に人生を「楽しく生きる」ことになるのでしょ
 うか。

 どうせ「人生を楽しく生きる」のが目的だったら、自分の職業を楽しみにし
 てしまうというアイデアはどうでしょうか。

 あなたがどんなに今の仕事をつまらないと思っていたとしても、本当はそこ
 にはいろいろな発見や自分を磨く体験を持つことができるのです。
 現に、同じ職場には、きっとその仕事を楽しんでいる人がいるはずです。

 発展しない仕事というものはこの世には、存在しません。
 どんなことからだって、私たちはさまざまな気づきやチャンスを引き出すこ
 とができるのです。
 
 どんなことであれ、「しなくてはならない」ことは苦痛ですが、「したい」
 ことは楽しみになります。
 あなたも自分を仕事を、楽しみながら自分が「したい」からするのだと、思
 ってみてはいかがでしょうか。

 スキーのジャンプ競技は、その昔、刑罰として雪山の急斜面を滑らせたとい
 うことからはじまったということです。
 同じ、雪山をジャンプするのでも、スポーツとしてやってみれば、楽しみに
 なってしまいます。

 あなたの仕事を楽しみましょう。
 もしその仕事に対して不満を持っているとしたら、それを課題として考え、
 どうすればもっと改善できるかを検討してみましょう。

 普段の仕事からは、いくらでも、気づきや楽しみを見つけられるはずです。
 とことんやれば、自分のいいところ、あるいは弱点なんかも見えてきます。
 その経験から、私たちは、さらに成長していくことができます。

 そして、どんなに一生懸命やってもその仕事に満足を感じられなくなったと
 したら……
 さらにあなたを磨いてくれる職業、大きくなったあなたにふさわしい仕事を
 探してもいいときかも知れませんね。


@ 今日は土曜日。
学生時代は土曜は半ドンだったし、
医療のお仕事を始めても土曜は半ドンでした。
(大学病院を辞めてから、大学病院も土曜日休診になりましたね)
わたしにとっては、30年間ずっと、土曜日はお仕事をする日です。
その30年間ずっと、週休二日の人たちはいいなぁ、うらやましいなぁ、と思っていました。何年か前の少しだけ、土曜診療は代診の先生がしてくれて、お休みだ!になったことがありますが、朝寝できるのがうれしかったですね。

今朝、エレベーターでご一緒になったお父さんたち、みなさん、朝寝坊モードでした。
わたしは・・・今日もお仕事があるのは、ありがたいなぁ、うれしいなぁ、と素直にこころから喜んでいました。30年してやっと気づいた、というよりも、宇宙いち素晴らしい奥さんの口ぐせのマネしてるだけなのですが。
今日も生かされている、生きている幸せにありがとう。
今日、皆さんはお休みなのに、お仕事をさせていただける幸せにありがとう。
(だって、お休みの会社や役所に行ったって、お客さんが来ないお店を開いたって、どうしようもないもんね)
今日もお仕事ができるということは、誰かのお役に立てるということ。それは、誰かに幸せと喜びでつながっているということです。

職業をレジャーにしましょう
職業を楽しみにしましょう
そして、今を楽しみましょう

お仕事はひとりではできません。
職人さんはひとりでお仕事してるように見えますけど、できあがったもの:作品を誰かが買ってくれないと次のお仕事ができなくなってしまいます。
大阪の食べ物屋さんがどこもおいしいのは、おいしくなければ数カ月でつぶれてしまうからです。どんなに見栄えよくお金をつぎ込んでも、クチコミやCMをばらまいても、いつのまにか消えてなくなります。お仕事がある、というのは、それほど厳しいものなんですね。

自分のお仕事を愛してます! と言えるとステキですね。
そのためには・・・
今のお仕事に、積み重なった不思議な縁を感じていますか? 
その縁を支えてくれた人たちの顔顔顔が浮かんできますか?
その縁と人たちの輪をつないでいる大いなる流れを感じ取れますか?
・・・・・
ほらね
ありがたいでしょう。うれしいでしょう。幸せでしょう。
そして、その喜びと感謝と幸せをだれかに伝えたいでしょう。
お仕事が愛おしくて、うれしくって、幸せで・・・
生きていてよかったでしょう。
生かされていて、お仕事をいただいて、幸せでしょう。
今、生きている悦び  わかるでしょう ネ。

成功、失敗、なんてどうでもいいじゃないですか・・・
ストライク ボール たまにワンバウンドも
だから、ワクワク&ドキドキできるんですよね。
マウンドに立てるよろこび・・・桑田君も最後に輝いてましたよね。

今を生きるということは輝くことです。
お仕事がうれしくて、ありがたくって、悦び幸せが魂さんに流れ込んでくると、内なる宇宙にビッグバーンが起こるのですね。


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カオス

今日の『癒しのことば』Vol.166から転載


 「できることもできぬと思えばできぬ。
  できぬと見えても、できると信ずるがためにできることがある」

           -- 三宅雪嶺(思想家)--


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 1914年
 トーマス・エジソンは大きな災難に出会いました。
 研究所が火災に遭い、大事な発明の記録や研究中の試作品などをすべて焼失
 してしまったのです。

 普通なら落胆して、何をする気にもならないかも知れません。

 でも、この発明王は、焼け跡を眺めながら平然としてこう言ったそうです。

 「災難にも意味があるものだ。
  私のすべての“失敗”は跡形もなく燃えてしまった。
  だったら、すべてを新しくやりはじめることができるではないか!」

 もしもエジソンが、火災に遭ったことを嘆いて、それ以降の仕事を続けなか
 ったとしたら、現在の私たちの世界はどうなっていたか想像できますか。

 エジソンが、どんな災難に出会おうと、平気でいられたのは、すべてを「で
 きる」という視点で眺めていたからですよね。
 どんなことでも絶対に「できる」という哲学を持って世界を見てみれば、こ
 の世は可能性に溢れんばかりに見えるのでしょう。

 ところが、「できない」という視点で見ているとしたらどうでしょうか。
 ちょっとしたつまづきにも絶望して、どうしようもないと思えてくるのでは
 ないでしょうか。

 インドにクリシュナムルティという思想家がいます。
 彼はよく「主人のことば」と「召使いのことば」ということを言っています。
 
 たとえば、「主人のことば」というのは、こんなものです。

 ・できる
 ・私には・・・もある
 ・だいじょうぶ
 ・おもしろい

 逆に、「召使いのことば」はこうなります。

 ・できない
 ・私には・・・しかない
 ・まいった
 ・つまらない

 ことばというものは、思ったよりも力があるものです。
 私たちは、主にことばによってイメージを抱き、信念の力をコントロールし
 ているのです。

 全く同じ出来事に遭遇しても、「主人のことば」でものごとを見てみるか、
 「召使いのことば」で見るかによって、違ってくるようです。

 積極的・肯定的なことばを常に使っていると、自信や充実のイメージが湧い
 てきます。
 そして、消極的・否定的なことばは、不安や恐れのイメージを誘発します。
 それらのイメージが、私たちの遭遇する現実を作っているといってもいいか
 も知れません。

 それこそ、自分が主人となって、自分の世界を支配しているのか、召使いと
 なり何かに支配されて過ごしているかの違いですよね。

 どんなことでも、失敗と成功、充実と不満の違いは、私たちの生きる姿勢に
 関わってくるのではないでしょうか。

 できれば、あなたの語彙のなかから、「できない」、「難しい」、「無理だ」
 ということばを無くしてみましょう。
 その代わりに「できる」、「やってみよう」、「大丈夫だ」ということばを
 使ってみましょう。
 
 私たちは、自分の本当に望む夢をすべて叶えて、それを楽しむために生まれ
 てきたのですから。


@インドのクリシュナムルティさんは善き人です。
左脳スピでもなく、右脳スピでもなく、スピ・エゴも少なくって、今、このときにおられたら、ぜひお会いしたい人です。
さて、「主人のことば」を自分に当てはめてみると、
・できる:いつも何でもそう思ってます。
・だいじょうぶ:あるワークで、わたしの口ぐせだということに気づきました。
・おもしろい:おもろいこと、大好きです。ある企画をやるかやらないか、はこれで決まります。
・私には・・・もある:これは普通の方々には、エゴに飲み込まれてしまうかもしれない言葉なので、ちょっと危険かも。すべてを失ったドン底で、まだこころのポケットに残っていたものに感動・感謝・祈りを感じたときに「私には・・・もある」の意味がわかります。

「召使いのことば」は・・・
・できない
・私には・・・しかない
・まいった
・つまらない
こころの病気の方々だけでなく、身体の病気の方々(特に生活習慣病や難病の方々は)は外来で何か善きことを提案すると、このことばを呪文のようにつぶやきますね。
「主人のことば」は、光のことば
「召使いのことば」は、闇のことば・・・ではないのですよ。(エゴの言葉だね)
闇の世界は、ネガティブではありません。
闇の世界は、光が生まれるゆりかごであり、大地です。
・これでいいよ
・オーケー オーケー
・このまま あるがまま
・ありがとう うれしいですよ

闇の世界に光が生まれます。
光は闇を食い尽くすように拡がっていきます。
闇から見ると、すごい勢いで拡がってくる光は恐ろしい・・・
光だって、闇があまりに広大だから、立ち止まると闇に飲み込まれそうで恐ろしい・・・
でも、あるとき、闇は気づきますね。
わたしは闇。光の母。わたしから光が拡がって、あまた世界を照らし出す。わたしから光が拡がっていく。もう、恐ろしくないよ。
光だって気づきます。闇はわたしの母。わたしは闇から拡がっていくんだね。闇はわたしをいつも包み込んで、見守っていてくれているんだね。
闇と光の中から恐怖が消え去り、和で充たされます。
光と闇は別々だけど、ひとつの和が生まれます。
光も愛。闇も愛。互いの愛がひとつのバイブレーションで結ばれ、笑 になります。
これが新しい一元性の世界:和 輪 笑

昨日までのブラックホール:闇は光を吸い込みます。
明日からのブラックホール:闇は光を放出します。
すべての方向へ、すべての時空間へ、すべての次元へ。

「有る」(我)という意識が虚無:ヴォイドを生み出し、闇を生み出し、光を生み出した渾沌としたカオスの時代が終わり、美しい大いなる流れの時代が始まるのですね。

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北ウイング

今日の『癒しのことば』Vol.165から転載


 「馬で行くことも、車で行くことも、二人で行くことも、三人で行くことも
  できる。
  だが、最後の一歩は、自分ひとりで歩かなければならない」

    -- ヘルマン・ヘッセ(ドイツの作家)--


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 現代社会は、心身症(ストレスが身体の不調として表れる)や心気症(気持
 ちに表れる)と診断される人が昔に比べてかなり増加しているそうです。

 そこまでいかなくても、何となくやる気がでない、気分が晴れない、常に不
 安感がつきまとうといったことを自覚している人も多いようです。

 その原因のひとつとして、私たちが激しい情報化社会に生きているというこ
 とが考えられるのではないでしょうか。
 テレビやラジオは言うに及ばず、新聞、雑誌、映画、そして携帯電話にイン
 ターネット……

 また街を歩けば、宣伝入りのティッシュが配られますし、電信柱やビルの屋
 上には派手な広告看板が目につきます。
 
 こんな情報の洪水に巻き込まれていたら、ストレスがたまってくるのは当然
 だと言えますね。

 つまり、これほどたくさんの情報をまともに処理しようとすれば、相当のエ
 ネルギーを消費することになります。
 するとそれだけで目一杯になってしまって、仕事や家庭、趣味や人間関係な
 どに余裕を持って接するということが難しくなってしまいます。

 こんな環境に置かれた私たちの行動を、社会心理学者のミルグラムは、こう
 分析しています。

 まず、無意識にさまざまな情報に対処する時間を短くしようとします。
 そしてあまり重要でない情報は無視されることになります。

 分かりやすい例でいえば、お腹がペコペコのときには、食べ物屋さんの看板
 は目に付きますが、ブティックや本屋さんは目にはいらないようなものです。生きるのに精一杯で、ちょっとしたことに感動したり、楽しむことさえできなくなってしまいまうということですね。
また、責任を他人に転嫁しようという傾向も見られるそうです。
 道で具合の悪そうな人を見かけても、自分には関係がない、誰かが責任をと
 ってくれるだろうと思ってしまうのです。

 さらに他人と直接接触するのを避け、トラブルなども公的な機関を利用しよ
 うとします。
 アメリカなどで、ちょっとしたことでも弁護士に依頼して解決しようとする
 のは、そのいい例のようです。

 まあこれは行きすぎた例のようですが、私たちが情報に流され、ストレスを
 ため込んでしまういちばんの理由は、自分の問題を自分で解こうとしないと
 いうことではないでしょうか。

 私たちは、学校でもやっぱりたくさんの知識という情報を学びました。
 でも、ひょっとしたら自分で考え、問題を解決していくということを教えて
 もらう時間の余裕がなかったのかも知れませんね。

 何でも人に聞けば分かる、どこかに正解が書かれている。
 そして、テストでいい点を取るためには、ちょっと引っかかることがあって
 も、考えるひまがあれば、どんどん知識を詰め込んだ方が有利です。

 そして、社会に出た我々は、襲ってくる情報の洪水の前になすすべもなく、
 ただ流されてしまうことになります。

 情報が多いということは、それだけ選択肢が増えることですから、本当はよ
 ろこぶべきことなのです。
 それが逆風のように私たちを吹き飛ばそうとしても、私たちがちゃんと自分
 で考え、自分で選択し、自分のやりたいように行動すれば、ストレスなんか
 たまるはずはありません。

 ヨットに乗ったことがある人なら、どんなに強い逆風にあっても目的地に着
 くことができるということをご存じでしょう。

 もちろん、ある程度の技術と努力は必要ですが、それでも前に進めますし、
 それこそがヨットを操る醍醐味だともいえるようですね。

 今、ちょっと気になっていること、何となくひっかかっていること、心のう
 ずきを感じていること……
 それを大切にして、それについて考えてみる時間を持つこと。

 自分で選んで、自分で行動してみること。

 そして、自分の道を、自分の足で歩いていくことこそが、今、私たちにとっ
 ていちばん大事な情報なのではないでしょうか。


@昔はTVなし、新聞なしは時代遅れとバカにされました。
今では携帯なし、PCなしでは生きていけない人が多いですね。
メールがないと孤独死してしまうかも?
情報もエゴのひとつですね。そして、多くの人たちが飲み込まれてしまっています。
携帯・PC・メールの生活って、何か生気を吸い取られてしまいませんか?
電磁波とかの問題じゃなくって、何か命の光を吸い取られているような感じがします。プラーナの代りに電磁波を吸い込んでいるのかもね。

昔、不思議だったものがどんどん解明されて、デジタル情報として蓄えられています。遺伝子情報しかり。宇宙の神秘しかり。感情、そう、愛だって脳科学とやらで論理的に説明されようとしています。
デジタル  ロジック  正解はひとつ○×○×
まるでバルカン人だね・・・デジタル・エゴに飲み込まれないためには、感情を捨て去らるしかないのかもしれません。で、気づいたらみんなスポック耳になってるわけだぁ。
バルカンとロミュランは同じ言語で先祖は同じ?なわけだけど、ロミュランは感情を持ったまま、デジタル・エゴに飲み込まれた姿なのかもしれません。
<何のこっちゃ? な方は「スタートレック」最新映画版をどうぞ>
さてさて、私たちはバルカン人ではなく、この青い星 地球人に生まれてきたのです。光の魂さんからすれば、どの星だって、どの次元だって、どの時空間だって、好きなところに生まれることができるのですから、わざわざ今のこの地球に生まれた意味は大きいですよね。
ひと昔前までは、人生を自分で創造する自由はありませんでした。となり村より向こうに行ったことがない、人種や身分で全てが決まっている、食べるのが精一杯、だから、「自由に、あるがままに、自分らしく、素直に」生きるという人生はありませんでした。
この先の未来は、ターミネータな世界やスターウォーズな世界やポニョな世界や・・・いくつもの世界が多次元に存在していて、そのどれかに生きている(必要なら、すべての世界を生きていることも)のですが、どれもそれなりに安定した世界ですから、「自分の人生を自由に創造する」楽しさ=人生を楽しむ ことは色あせているでしょう。それぞれの世界で、もっと別の目的を持って生きているわけです。
過去や今が未来を決める。時間や出来事って、そんな一方通行ではないことが時空理論でもようやくわかってきましたね。
未来が過去や今を変える・・・逆時間理論も、のほほんといい感じに柔温かくなってきて、「すべてが今にある。過去も未来もひとつの光さん、ワンネスさんのように無限に拡がる、超多様な形態をした、ひとつのエネルギー体である。それは、今を生きる自分の光を包み込んで、想念を今に現実化する源の力となっている」ことに気づいた人たちが増えています。最近、近未来が近過去を変えたでしょう、という現実を体験したこと、あるでしょう? ある、ある、きっとあるよ・・・これに気づけたら、あなたも左脳スピリチュアルを卒業 おめでとう、だよ。
今はすべての多次元、時空間がひとつに収束している、とっても賑やかで楽しいひとときです。お祭り、カーニバル! ですよ。
ターミナル駅 ハブ空港みたいな感じかな?
これまで乗ってきた列車を降りて、次はどの列車に乗るのか、本当は自由なのです。どこ行きでも、どんな列車にだって乗れます。
持っていた荷物が重過ぎる? だったら、捨てましょうよ。
これまでの思い出がいっぱい詰まっている? この先、もっとワクワク・ドキドキできるよ。
お金がないって? 大丈夫、貨物室ならタダだよ。

「馬で行くことも、車で行くことも、二人で行くことも、三人で行くことも
  できる。 だが、最後の一歩は、自分ひとりで歩かなければならない」

今、ありとあらゆる人たちが集まっているターミナル駅にいるわけですから、まるで、もうひとりの自分のような人、自分にぴったりの人と出会うことだってあります。それはソウルメイトやツインソウルなんてもんじゃなくって、もうひとつの自分さんです。過去の自分、未来の自分と今の自分が出会うと時空間が崩壊するなんて・・・いうのも思い込みだったんですよ。今はカーニバル!だから、何でもありで大丈夫なのです。
さぁ、そんな「この宇宙で一番、すべての時空間を越えて一番」の素晴らしいパートナーと出会ったら、しっかりと手をつないで、ふたりのこころにビビビのビッと来た列車に乗り込みましょうね。
た・だ・し・・・
列車の入口はひとりづつ。
自分ひとりで乗り込まないといけないのです。
でも、大丈夫だよね。
信じる愛が光の未来へのチケットだから。

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パンナム

今日の『癒しのことば』Vol.164から転載


 「良い運命の主人公になりたかったら、心の中に感謝と歓喜の感情を持つこ
  とだ。
  感謝と歓喜に満ちた善き言葉と行為は、人生の花園に善き幸福という実を
  結ぶ」

    -- 中村天風 --


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 人間が吐き出す息を、特殊な方法で冷却して取り出した沈殿物に関して興味
 深い実験報告があります。

 この沈殿物は、通常は無色なのですが、吐き出す人の感情の状態によっては、さまざまな色に変化するということです。

 たとえば、怒っている人が吐いた息の沈殿物は栗色をしています。
 また、悲しんだり、苦しんでいるときは灰色ですし、後悔の念を抱いている
 ときはうすい赤色をしているそうです。

 そして、これらの色がついている沈殿物を分析してみると、かなり強い毒性
 が検出されるそうです。
 ためしに栗色の沈殿物を水に溶かしたものを、ネズミに注射したところ、わ
 ずか数分でネズミは死んでしまったということです。

 恐ろしいことに、人間が1時間くらい怒りの感情を持ち続けると、80人以
 上の人を殺すことができるだけの毒物が発生するそうです。

 いつも不機嫌でいたり、不満のことばを吐いている人が身体の具合を悪くし
 やすいということも納得がいきますね。

 そんな人たちのグチを聞かされるだけでも気が滅入ってしまいます。
 それに加えて毒入りの息を吸わされているとしたら、たまったものではあり
 ません。
 
 ネガティブな感情を持つことは、自分自身の身体や心を傷つけるだけでなく、周囲の人にも迷惑をかけているようです。

 どうせなら、常に楽しい気持ちを持って生きていきたいと思います。
 明るい人のそばにいるだけで、こちらも元気になってくることがありますね。
これは分析されてはいないようですが、いつもニコニコしている人の息には
 きっと人を楽しくさせたり、健康にしたりする成分が含まれているのではな
 いでしょうか。

 さらに、どんなときでも感謝の気持ちを持てるとしたら、いうことはありま
 せん。
 
 極端に言えば、病気になっても、不運なことに出会っても感謝することです。
 「そんなバカな」と思われるかも知れませんが、感謝の気持ちを持っていれ
 ば、不幸な体験からも、いろいろな気づきを得ることができます。

 「いままのままではダメになるよ。ちょっと自分の生き方を振り返ってごら
 ん」
 病気やイヤな出来事からも、そんな天(あるいは自分の心と身体)からのメ
 ッセージをちゃんと受け止めて、生かしていくことができるかも知れません
 ね。

 できることなら、いつも心が歓喜と感謝の気持ちであふれ、積極的なことば
 を吐くことを心がけましょう。

 それこそが、自分が健康で楽しく生きていくことができるだけでなく、周囲
 の人だって幸せにしていくことになるのですから。


@「美女と野獣」の野獣君
大きなお城に住んでいるからきっとね、車庫にはフェラーリやベントレー、いやいやUFOだって持っているかもしれませんね。けっこう愉快な仲間(たしか燭台とか時計とか・・)もはべっているから、毎日、ワイワイにぎやかだし、その気になれば大統領ご用達の超セレブなお姫さまたちとのナイトライフだって思いのまま。だけど・・・満たされないんだよね、こころのどっかが。
野獣君の吐く吐息は何色かしら?
何を迷っているのかしらね?
この世には、野獣君の迷いなんか我関せずで、富と栄華をこころから楽しんでいる人たちも多いですね。灰色吐息を吐くのは税金と相続のことを考えたときくらい・・・。こころの中に感謝と歓喜の感情を持っているし、感謝と歓喜に満ちた善き行いだってロータスクラブを介してたっぷりしてますよね。
野獣君みたいなタイプって、1/100以下かも。
富と栄華を極めている人たちだって、ちゃんと新しい愛の一元性の世界:ポニョの世界に移り住めますよ。みんなとの愛でこころ通じ合った輪・和・笑の世界になっても、お金持ちさん、土地持ちさん、貴族さんはいるんですよ。まぁ、見栄や優越や嫉妬や羨望なんかは忘れ去られてしまっているけどね。
では、そういう人たちの新しい世界でのお役目を見てみましょう。
まず、富と栄華に生まれついた人たちは、文化を継承しながら創造していきます。例えば、すご〜い料理をいただいたら・・・その料理をいただいた幸せと喜びと感謝がみんなにも伝わるように、みんなも幸せになれるように、五感+αを駆使して、わかりやすく伝えようとがんばります。子供が楽しかった遠足のお話をお母さん、お父さんに聞いて欲しくて欲しくてたまらないように、みんなと一緒に楽しみたかったよ、という慈愛の気持ちに充たされて、伝えようとします。舞踏会や旅行とか、こんなに楽しかったよ、こんなに感動したよ、こんなに美しかったよ・・・もう伝えたくって仕方ない・・・???
そんな人たちって、今でもいっぱいいる???
そう、微妙だけど、銀河の端と端くらい違うものがあるんですよ。
それは、愛。無邪気な感動と喜びと感謝。そして、誰にでも伝えられる、誰とでも分かり合えるという確信。
今のTV旅行番組と兼高かおるの世界の旅の差かな?
五感を越えた感性があって、
だれのこころとも通じ合える共感があって、
無垢な感動と喜びのエネルギーがあると・・・テレパシーになるのかなぁ。

。。。。ヒェ〜 宇宙ってこんなに賑やかだったんだぁ なんてね。

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愛ピア

今日の『癒しのことば』Vol.163から転載


 「生き、そして働きなさい。しかし、遊ぶことも忘れないでください。
  人生に楽しみを見つけ、それを心から楽しんでください」

   -- アイリーン・キャディ(フィンドホーン共同体 創設者)--


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 仕事熱心で責任感が強いということは、すばらしいことです。
 目標に向かって、日々絶えず努力を重ねるのも、もちろん悪いことではあり
 ません。

 しかし出世意欲や競争心が人一倍強く、そのためにじっとしていられないと
 なるとどうでしょうか。
 また、自分で決めた目標を絶対に達成しようとする意志が、あまりにも強す
 ぎて無理を重ねてしまうというのも、少々問題です。

 このような人は、「タイプA型」と呼ばれ、何ごとに対しても性急で、いつ
 も時間に追いまくられている感覚を持っているようです。
 まくし立てるように話し、少々疲れていようが、睡眠時間が足りなかろうが、いつも何がしら活動していなければ気がすまないということです。

 一見すれば、現代のような競争社会では有利なように見えますが、のんびり
 とマイペースで生きているタイプB型に比べて心筋症などで突然死をするこ
 とが多いという報告があります。

 死ぬことまで急ぐ必要はないと思うのですが、こういうタイプの人たちは、
 上手に休養することが苦手で、疲労を抱え込んだままさらに努力を積み重ね
 てしまうようですね。

 もし、自分にも「タイプA型」の傾向があると思った人がいたとしたら要注
 意です。

 これは何も、仕事だけでなく、趣味やサークル活動なんかにも当てはまるで
 しょう。
 ひょっとしたら、生きていくこと自体にも言えることかも知れません・・・

 ついつい必要以上にがんばってしまったり、頼まれもしないのにたくさんの
 責任を自分の肩に背負い込んでいる人も多いようですね。
伸びきってしまった輪ゴムは、もう元には戻りませんが、伸びきる前に弛め
 てやれば、いつまでも弾性を保つことができます。
 
 自分に厳しく、真面目に一生懸命がんばっている姿は本当にうつくしいもの
 です。
 でも時には、肩の力を抜いてのんびりする時間を持ちましょう。
 疲れたと感じたら、自分のためにちょっと立ち止まって休んでください。


 「忙」しいという漢字は、「心」を「亡」くすと書きますよね。
 
 どんなに忙しくても、「遊び心」--日常のちょっとしたことを楽しむ心の余
 裕--まで亡くさないでください。
 そんな楽しい時間を多く持つことが、人生をもっと楽しく生きるための秘訣
 のようです。

 食べ過ぎも、働き過ぎも身体にはあまりよくはありません。
 健康のためには、「腹八分目」と同じように「疲労八分目」も心がけたいも
 のですよね。


@ この世にオギャ〜と生まれてから、神さまはその人にベストのお仕事を与えてくれています。赤ちゃんなら、おっぱいを飲むこと。笑うこと。泣くこと・・・ですね。一燈園の西田天香さんのA-HAは、赤ちゃんが泣いて、お母さんが来ておっぱいをふくませた姿でした。
そして、赤ちゃんの頃からでしょうね・・・誰かを喜ばせたい、誰かにほめられたい、誰かに気づいていて欲しい。だから、がんばる、がまんする。
欲しい、欲しい、愛が欲しい・・・愛がダメなら物をちょうだい。みんなが良いという物、貴重だという物、すごいなという物、みんなから注目される物・・・もの、もの、ものをちょうだい。そして、こんなに物を持っているわたしを見て。私を認めて。私を愛して。
そして、A型タイプになってしまいます。

「人生に楽しみをみつけ、それをこころから楽しむ」
楽しみの見つけ方は、何でもやってみることです。何をやったらいいのかわからない人は、小さい頃、やってみたかったことにトライしてみましょう。遊園地に行って絶叫マシンに乗ってみるとか、バイクの免許を取ってみるとか(私もやってみましたよ)、カルチャーセンターやクラブメッドに行ってみるとか・・・・こう言って、はい、やります!の人は1/100でしょうね。大多数、満場一致で「できない理由」を100/分?挙げてくれます。
人生の楽しみは、「ねばならない・あるべきだ・してはならない・すべきだ」の壁の向こうにありますからね。
そして、「こころから楽しむ」=「こころを開く」です。
こころを開くための聖なる呪文があります。
自分を許す・自分を認める・自分を愛する × あるがままに&素直に
ここまでは、どこでも、何度でも書いてありますね。

お仕事=人生の楽しみ&生きる喜び&今日もありがとう
光の存在・神さまは、どうやらこんな次のステップに、みなさんを導こうと思っているようですよ。
お仕事は誰かの笑顔や喜びにつながっています。例え、その誰かが目の前にいなくても、全然知らない人でも、食べ物を作る、物を作る、サービスをする・・・誰かの喜びと感謝につながっていく笑顔のきずながはっきりと見える世界が生まれます。まだ出会っていないけど、これからどこかで笑顔で出会えるよ、という実感がどんどん現実化していくんですね。

赤ちゃんにおっぱいをあげるお母さんのように、
そして、おっぱいをいただく赤ちゃんのように、
お仕事は、誰かの笑顔と喜びのために。
今日もお仕事をいただけて、ありがたいなぁ。
今日もお仕事でいろんな人たちとこころつながって、ありがたいなぁ。
こんなお仕事をしていただいて、ありがたいなぁ。
こんなに喜びと幸せをいただけて、ありがたいなぁ。
お金もニコニコ笑顔に変身しますよ。
手に取った物、していただいたサービスに込められた作り手のぬくもり:愛にこころから共感して、つながって、
こんなにこころ尽くしていただいた愛に、わたしの出来る感謝と喜びと幸せをこれだけのお金に込めて差し上げます。私の愛を受け取ってください。
愛の経済ですね。
原動力はエゴから感謝と喜びと幸せになります。

・・・そんなん ユートピアや 夢物語や・・・
まぁ、いいやんかぁ  愛のユートピア:愛ピアやさかい

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光のメッセージ 20090608

Q:天職は何ですか?
@:人を愛することです。分け隔てなく愛することです。
Q:どうしたら、人を愛せますか?
@:ただ愛すればいいのです。まず、恐れないで、疑いを捨てなさい。私(光の存在)がそばについているから大丈夫です。

Q:今の仕事の意味は何ですか?
@:人を恐れないで。
Q:なぜ人を恐れるのですか?
@:醜いものが嫌いだから。自分も醜くくなるから。汚れるから。醜くても大丈夫です。

Q;人生の目的は何ですか?
@:強くなることです。あなたは、もう強いということを知りなさい。
まわりの人に感謝しなさい。あなたには周りにいっぱい支えられています。
Q:どうしたら自立できますか?
@:自分を信じなさい。

Q:結局、私の天職は何だったのですか?
@:天使たちと同じ仕事です。人の心をあたたかくすることです。
まず、自分が笑っていなさい。
思いっきり生きなさい。やればできるよ。
人を信じなさい。人の助けをいただきなさい。
今を楽しみなさい。

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クッキング・ライフ

今日の『癒しのことば』Vol.162から転載


 「料理にたとえるならば、運命の役割はせいぜいのところ料理の調達係に過
  ぎない。 
  同じ材料を与えられたからといって、同じ料理ができるとは限らない。
  与えられた材料を生かして、どの様に料理を作り上げるかは、我々1人1
  人の料理の腕にかかってくる」

            -- 佐野之泰(「幸福への羅針盤」より)--


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 中国がまだ明だった時代に、袁学海(えんがくかい)という人がいました。

 医者だった父を幼い頃に亡くした学海は、父の後を継ぐために医術を学んで
 いましたが、あるとき長い髭をたくわえた老人に出会い、こんなことを言わ
 れます。
 「おまえさんは、官吏になるべき人じゃ。なぜその勉強をされんのか」

 よく話を聞いてみると、その老人は高名な易者でした。
 そして老人は、学海のこれまでの半生を占ってみせました。
 すると、そのほとんどが的中していたのです。

 学海は、すっかり老人を信頼し、官吏になるための勉強をはじめる決心をし
 ます。
 そんな学海に、老人は将来のことも占ってみせ、県の試験では何番目、府の
 試験は何番、そして道の試験は何番の成績で合格するだろうと告げました。

 翌年に袁が試験を受けたところ、この老人の予言はすべて当たっていました。

 すっかり敬服した学海は、自分のもっと先のことも老人に聞きに行くように
 なります。
 「科挙は何番目に合格し、こういう出世をする。残念ながら子どもは持てん
 じゃろう。そして、53歳には寿命が尽きる……」

 その後の学海の人生は、ことごとく老人の占った通りになっていきます。
 いつしか学海は、人間というものは、どんなことであれ運命によって決めら
 れていて、なるようにしかならないのだと諦観するようになりました。

 そんなとき南京の大学に遊学した学海は、ある禅寺を訪ねてみます。
 座禅すること3昼夜、平然としている学海にその寺の禅師は感心します。
 「あなたはすでに悟りを開いているように見える。いったいどのような修行
 をされたのですか?」
学海は答えて言いました。
 「人間というものは、すべて運命が決まっているのです。迷いも何も浮かん
 でくるはずがありません」

 それを聞いた禅師は、
 「なんだ、とても出来た人物と思ったが、お前さんも、ただの凡夫ではない
 か」
 と笑ったそうです。

 そして禅師は、運命は自分がつくっていくものであるということを学海に、
 諭します。
 幸せは、与えられるものではなくて、自ら求めるもの、道は自分で切り開い
 ていくものだという思いが大事であるということを教えたのです。

 それからの学海は、禅師の教えに従い、積極的に人生を生き、徳を積むとい
 うことを実践しました。

 その結果、老人の占いの結果は、だんだんと外れるようになり、学海の人生
 はどんどん好転していきます。
 できないといわれた子どもも生まれました。
 また、53歳で尽きるといわれた寿命は、20年以上も延び74歳で満ちた
 りたその生涯を閉じることになります。


 「命」を「運ぶ」と書いて「運命」
 目の前に運ばれてきた命題を、自分の意志と力を信頼して解決していく……
 これこそが「運命を拓く」ということのようですね。


@大いなるひとつの光は悦びに充ちています。
うれしい・楽しい・ありがとう それが光の源泉です。
笑い過ぎて、幸せ過ぎて、笑みがこぼれると言いますが、その「こぼれる」感じで、大いなる光から光の粒がこぼれ落ちます。
それが、私たち、ひとりひとりの命の源・・・魂の光さんです。
魂の光さんの本質は、もっとうれしい・楽しい・ありがとう したい・・・
そんなワクワク・ドキドキしながら、生まれてくる準備をします。人生の計画ですね。
人類の叡知の殿堂:アカシックに立ち寄った魂の光さんは、この星と共に生まれ、この星と共に生きてきたすべての魂さんの伝書「魂の書」のどれかに引き寄せられて、ひとつになります。お餅が魂の光さん・あんこが魂の書さんのおはぎみたいですね。
「魂の書」のエネルギーや、すべての人たちの伝記たちを参考にしながら、魂の書のエネルギーのベクトルに合わせて、人生を設計していきます。それはまるでDNAがRNAを指揮してアミノ酸、たんぱく質を作り、細胞、臓器、身体となっていくような多次元で超時空な複雑精緻な設計です。
私たちの内なる宇宙は、大宇宙そのもの(メビウスの輪のように同じなんだね)ですが、ハッブル望遠鏡が映し出してくれた息を飲むような美しく荘厳な
神秘が私たちの誕生を祝福してくれているのです。

ねばならない・こうあるべきだ・こうじゃないといけない
ダメだ・ムリだ・仕方ない・こんなもんだ・しょせん・・・

魂さんが身体に入った頃から、いろいろながんじがらめが植えつけられます。
占い師の運命・宿命も同じですね。
そうそう、人生は学びの学校だ、魂は学んで成長していく、天職や天命を果たすことこそ生きがいある人生だ・・・も同じだなぁ。
レールをひいてもらうと楽チンです。けっこう不思議な後押しも受けるから、その気になっちゃうし・・・まぁ、それも「人生を楽しむ」ひとつだから、ぜんぜんオーケーなんだよね。
グライダーみたいに、あるところまでは誰かに、何かに引っぱってもらって、空高く舞い上がればいいですね。
生まれてきた時にはすでに、かなりのがんじがらめのおくるみに包まれていて、巣立ちするまでに、ものすごいコントロールとしがらみの重い重いヨロイを着込んでしまうのだから、お日さまの見える雲の上まで、この人こそ! この本こそ! この教えこそ!の導師を見つけて、引き上げてもらいましょう。それも宗教の、スピリチュアル精神世界の大切なお役目ですから。
そして・・・
雲の上 高くまで昇ったら・・・
グライダーの引き綱を自らOFFしましょうよ。
まず 自分を信じて、
次に 素直な感性で風を読んで、風とひとつになって、
そして お日さまや風や雲や大地・・・すべての今にありがとうして、
引き綱を手放したら・・・
自由に、自分らしく、あるがままに 飛んでいますよ。
そこには、あなたのための宙がただ無限に拡がっているだけです。
お日さまはニコニコ あなたもニコニコ
その悦びは、今、同じように生きているすべての魂の光さんに伝わります。
この青い星が光の星になる瞬間です。
みなさんにその瞬間の美しさ 美の根源を味わっていただきたいと思っています。

P.S.
光の星は、愛の星ですよ。

人生をフルコースで深く味わうための
幾つものスパイスが誰もに用意されていて
時には苦かったり
渋く思うこともあるだろう
そして最後のデザートを笑って食べる
君の側に僕は居たい
   by Mr.Children

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青春切符

今日の『癒しのことば』Vol.160から転載


 「乗りかけた船には、ためらわず乗ってしまえ」

              -- ツルゲーネフ(ロシアの小説家)--


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 スキーを練習しているときには、よく転んでいる人ほど、上達するのが速い
 ようです。

 ところが転ぶのを恐れて、いつまでもへっぴり腰で滑っているような人は、
 なかなか進歩しないようですね。
 
 スキーで、たくさん転ぶ人というのは、積極的にいろいろなことを試してい
 る人です。
 それがうまくいかなくて、転んでしまうのですが、そのたびにうまく滑るコ
 ツをどんどん身につけていくのです。

 ところが転ぶのを恐れて、いつまでもへっぴり腰で滑っているような人は、
 なかなか進歩しないようですね。
 思いきって滑ることをしないと、たしかに転ぶことは少ないかも知れません
 が、学び取ることも少ないようです。

 
 私たちも生きていく上では、いろいろ困難なことにぶつかったり、決断をせ
 まられるような場面に出会ったりします。

 そんなとき、積極的に立ち向かっていくのと、「自分にはとても無理だ」と
 逃げ腰になるのとでは、結果が大きく違ってくるようです。

 大きな困難を乗り越えた人や、前人未踏の事業を成し遂げた人に共通してい
 ることは、けっして逃げずに真正面から立ち向かっていったということです。
 それは彼らが、「自分にはできるのだ」という自信を持っていたからできた
 ことです。

 そして、彼らの自分の能力への信頼と確信は、たぶん生まれつきのものでは
 なくて、どんなことことにも立ち向かい、それを克服してきた経験から身に
 つけたものではないでしょうか。

 何ごともできるかどうかは、苦難に立ち向かっていくか、逃げ腰になってし
 まうかの違いのようですね。

 立ち向かっていくという気持ちがあれば、たとえうまくいかない結果になっ
 たとしても、その経験は無駄ではありません。
 今の段階で、自分が学ばぶべきことを知るきっかけになるのですから。

 そして実は、最終的に私たちが自分の力で解決できないことは、自分の身の
 上には起こってこないと言えるようです。

 自分のために立ち向かっていきましょう。

 スキーでも、転ぶときには思いっきり転んだ方が、ケガが少ないということ
 も確かなようですから。


@今日はスキーの話題から。
大学時代に初めてスキーをしました。
小学校時代、冬になると家族でスキーに行く友だちがいて、とってもうらやましく思っていました。父は鳥取砂丘でスキーをした自慢話ばかりで、結局、一度も連れていってくれませんでした・・・トラウマですね(笑)。
スキーはパラレルで滑れるくらいでしたが、大学の友だちたちと早春スキーに信州へよく出かけました(学年末試験が2月に始まり、数人の友だちは3月末の追試まで行ってしまうので、幸か不幸か、スキー客がいない:民宿なんか布団を屋根で干してましたからね 氷水ゲレンデで滑ってました)
スキーの思い出って、アホらしく失敗したことがキラキラ輝いてますね。
リフト乗り場で乗り損なって、ブサイクに滑り落ちたヤツとか・・・
日暮れに国際コース(素人には断崖絶壁ですよ)に迷い込んで、監視員の皆さんの嘲笑を背中に感じながら、みんなで一斉に崖から飛び落ちたこととか・・・
お昼にうどんを頼んだら、真っ黒なダシでデ・カルチャ〜〜したこととか・・・
あんたたち、医学生やろ、なんとかしたって・・・と心肺停止状態(瞳孔散大してた)の学生さんの救命ケアーを松本からドクターが来るまでの数時間、させられたこと・・・(あの頃の白馬は無医村だったのです)
そうそう、みんなで黒菱にチャレンジしよう!なんて盛り上がって、二つ目のコブで宙を飛んで、あとは亀さん(ひっくり返ったカメ)で下まで滑り落ちたこともあったなぁ。
どれもこれも、チャレンジして、失敗して、笑って・・・今でもキラキラした思い出です。
青春ドラマって昔、流行ったけど、チャレンジ&失敗&笑い がモチーフでしたよね。
昔とちがって、いろいろな生き方が出来るようになって、いろいろな生き方の方々を見れるようになってつくづく実感するのは、青春って年齢ではない! です。
いくつになっても、チャレンジして、失敗して、大笑いしている方は若いです。人生もオーラも輝いてますね。 少女漫画の目をしてます キラキラキラリン。
平々凡々の過去生を終えた魂さんは、そんな凪いだ人生を振り返って、「何もありません」とつまらなさそうに言います。
「だから今生はチャレンジするように計画してきました」
多くの魂さんがそう語っています。
身体が年老いて歩けなくなっても、温泉旅行と称して白銀の世界に出かけていって、ゲレンデの見えるバルコニーから、こころはカッコよく滑りながら、キラキラ思い出をニヤニヤ楽しみたいものです。
ひとりで?  それも楽しいけど、
ふたりで・・・なら最高の人生だよね。
大丈夫ですよ。誰でもまだまだチャンスはありますからね。
はい、空クジなし!! です。


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赤ちゃんのクレニオ・セイクラル・セラピーのご案内

赤ちゃんのクレニオ・セイクラル・セラピー

 頭蓋仙骨システム(Cranio-Sacral System:CSS)は、年齢・性別・体形に関係なく、宇宙の波動に同期した10回/分の律動を保っています。もし頭蓋骨の動きが低下し、髄液圧を調整するCSSの機能が失われると、身体の機能も徐々に変化して、最終的にいろいろな症状(肉体的&精神的)を引き起こします。
 赤ちゃんは産道を通り抜ける際に、頭を後方へ大きく過伸展しながら生まれてきます。向きグセ、いびつ頭、夜泣きなどがひどい赤ちゃんの多くは、この過伸展の影響で頚椎上を頭骨が前方へ移動し、首の筋肉が緊張したままの状態で動かなくなっています。疝痛、喘息、フロッピー症候群(常にくたっとしている新生児)の赤ちゃんたち、多動症、発達障害(精神&運動機能)、脳性マヒ、失読症の子供たちの多くがこの障害を持ったままでいる、という報告もあります。
 赤ちゃんのクレニオ・セラピーの特徴は、すぐに体性感情解放(患者さんにトランスパーソナルなエネルギーを注ぎ込むと、患者さん自身が最も解放感を得られる体勢を取りながら身体に溜まった感情エネルギーを自ら解放する)が起こることです。首が楽になった赤ちゃんは、辛かったこと、苦しかったことをいっぱいお話ししてくれます。
 誕生の記憶を怖かった、辛かった、苦しかった、さびしかった、から解放して、「大丈夫だよ」安心 「がんばったね」自信 「えらかったね」勇気 「うれしいよ」幸せ 「ありがとう」感謝 で包み込んであげるには、セラピスト自身のスピリチュアルな感性と高い共感力、あふれ出る慈愛のエネルギー、そして何より「人間だれもが持っている偉大なる力を信じる勇気」が必要です。

クレニオ・セラピーの効果が期待できる赤ちゃんの症状
向きグセ  夜泣き:突然の号泣(何かの恐怖を思い出したような)  
呼吸障害:喘息  哺乳障害  いびつ頭  側弯:先股脱
フロッピー症候群(弛緩ベイビー)  脳性まひ  疝痛  
てんかん  眼球運動障害:斜視  
舌癒着症手術後の残存症状の緩和

赤ちゃんのクレニオ・セラピーをお受になるお父さん&お母さんに必要な、とても大切なことがあります。それは、こころの目を開くこと です。
クレニオ・セラピーは論理的・科学的西洋医学の対極にある代替医療です。
何をやっているのか、そばで見ていてもよくわかりません(整体のようにコキコキしませんから)。説明を聞いても、スピリチュアルやホメオパシー大好き!でない限り、よくわからないでしょう。
こころの目を開いて赤ちゃんを見ていただくと、セラピーの後、赤ちゃんが自分の治癒力でグングン良くなっていくのがわかります。赤ちゃんがご両親といっぱいお話ししたがっているのがわかります。ご両親の愛とありがとうがしっかりと赤ちゃんに伝わっているのが実感されます。
こころの目を開く・・・目の前の赤ちゃんをあるがまま、素直に見つめましょう。左脳のジャッジや常識、感謝と喜び以外のネガティブ&エゴな想いを手放しましょう。赤ちゃんが「今を生きる」「人生を楽しむ」ことを教えてくれて、愛のきずなで結ばれた家族になれますよ。

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 クレニオ・セラピーは、とても小さく軽い力しか使っていないように感じられます。カイロプラクティックやロルフィング、マッサージや指圧は、患者さん自身が治すのではなく、セラピストが矯正する手法です。
 クレニオのセラピストは「私が癒したり、治したりするのではない。患者さんが私の手の助けや促しを利用して癒すのだ。患者さんの体の中にすべての答えがある。ソフトに優しく、愛と信頼を込めて手を添えれば、CSSは自ら矯正し始める。そして、患者さんの内なる癒しの声が私の手を最も必要な場所に導き、最適な動きを促してくれる」という信条を持っています。
 クレニオ・セラピーは、セラピストがパワーやテクニックで矯正する手法ではなく、目の前で手を触れている患者さんのすべてを認め、許し、愛しながら、内なる癒しの声と共に、身体とこころを解放していく療法です。
 クレニオ・セラピーを受けると・・・
(1)CSSの流れを蘇らせて脳神経系と免疫系の滞りを修復します。
(2)小周天:氣の流れが改善し、チャクラが繋がります。
(3)肉体に染み込んだトラウマのエネルギーを解放します。
(4)こころが開き、理想的なカウンセリングになります。
(5)内なる癒しの声が自分でも聞こえるようになります。
(6)あるがままに、自分らしく生きるという光の道が見えてきます。

*********************
奥山医院では自信を持って、クレニオ・セイクラル・セラピーをお勧めしています。
奥山医院でのクレニオ・セラピーは、毎週月曜日の午前・午後と火曜日の午前に行っています。(クレニオ・セラピーは全て自由診療になります)

(1)赤ちゃんのクレニオ・セラピー
赤ちゃんのこころも身体もとても素直なので、1回だけのセラピーを原則としています。(赤ちゃんの生活環境や心的ストレスによって、治療効果に差が出ることがわかっています。効果が少ない時は、1ヶ月後にもう1回、施術することをお勧めしています)
赤ちゃんのセラピーは1回30分(泣いたり、おしっこしたり・・・もありますので、1時間かかることもあります) 6000円です。

(2)子供〜大人のクレニオ・セラピー
60分コース 12000円
70分コース 14000円
90分コース 17000円
子供の場合は60分コースのみです。
大人で初めての方は70分か90分のコースをお選び下さい。
コースの時間差は主に「体性感情解放」や「内なる癒しの声」の療法にかかる時間です。

クレニオ・セラピーと鍼灸療法を90分コースで併用することもできます。
カウンセリングも90分コースをお選びください。

ご予約は、奥山医院 看護師の花井までお電話でお願いします。
電話 06−6907−7578
(出来るだけ月・火・水・金曜の午後にお願いします)
お支払いは、当日 セラピストに直接お支払いください。

奥山医院と同じクレニオ・セラピーを岐阜・養老の船戸クリニックで受けることもできます。
毎週水曜〜土曜と日曜(不定期)
料金等は大阪と違ってきます(大阪は出張治療扱いです)ので、ご希望の方は直接、船戸クリニックにお問合せ、ご予約ください。
電話 0584−35−3335


セラピストのご紹介
落合(奥山)ともこ
鍼灸師・クレニオ・セラピスト
ホメオパシー・アロマセラピー・整体マッサージ・東洋医学など幅広い実績を持っています。スピリチュアルな感性と慈愛に充ちた共感力はとてもピュアーで神聖なレベルに達しており、観音さまを彷彿させるその人となりは誰からも愛され慕われています。
奥山医院院長・光の前世療法家のDr.Okuyamaのツインソウルを超越した聖なるパートナーです。Photo

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光の天職

今日の『癒しのことば』Vol.159から転載


 「あなたは、あなたの一生以外の何ものでもない」

               -- サルトル(フランスの哲学者)--


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 人生を楽しく生きるために大切なもののひとつは、「新鮮な感動」だといえ
 るのではないでしょうか。
 
 子どもたちは、見るもの、聴くもの、触るもの、すべてが未知のものです。
 あらゆるものに関心を持ち、あらゆるところによろこびをみつけだします。
 そして、その過程で、いろいろなことを学んでいきます。

 毎日が、新鮮な感動の連続で、一瞬一瞬が輝いているようです。
 
 ところが、多くの子どもたちが、学校へ行くようになると、感動して楽しく
 学ぶことをやめてしまうようです。
 
 理由は、「学ぶ」ことが楽しみではなくなり、「やらなければならないこと」になってしまうからのようです。何かを「やらなければならない」と思うことほど、やる気を持てなくするものはありませんね。

 また、ある教育者に言わせると、子どもたちがよろこんでやろうとすること
 に、ご褒美をあげるということも、とても危険だということです。
 たとえ、ことばで誉めてあげるということだけでも、楽しんでやっていたこ
 とがすぐに、イヤな仕事になってしまうそうです。

 「やらなければならない」からやる、「何かのために」やる。
 そう思うと、「新鮮な感動」を持つことが難しくなってしまいます。

 「感動」とは、どんなことであれ、私たちがよろこんで楽しみながら行って
 いることの中にこそ、生まれてくるのではないでしょうか。

 大人になった私たちにも、これは大きな問題になってしまいます。

 生きていく上では、「仕事」やその他の「やらなければならないこと」がた
 くさんあります。
 あるいは、「生きていく」ということさえ、「やらなければならないこと」
 と捉えている人もいるようです。
もっと人生を楽しむために、「やらなければならないこと」をこんなふうに
 考えてみてはいかがでしょうか。
 
 たとえば、「仕事」を義務ではなく、遊びや、ゲームと捉えてみるのです。
 本当は、「仕事」をするのは、「生活費を稼ぐ」ためでもなければ、社会や
 親、家族がそうすることを期待するからでもないのです。
 「仕事」とは、世の中を理解したり、あなたが社会に貢献できる最高のゲー
 ムであり、楽しいことをしながらお金をもらえる唯一の遊びなのです。

本当は、私たちが「やらなければならないこと」など何もないのです。
 目の前にあることは、私たちが、楽しみ、成長していくために用意された、
 最良の遊びなのです。

 今やっていることを楽しむこと、そしていつも好奇心を持ち、「新鮮な感動」を味わってみること。

 それこそが、「人生を楽しむ秘訣」といえるのではないでしょうか。
 そして、私たちが生まれてきた本当の目的かも知れませんね。


@ あなたは天職してますか?
光の存在への質問のベスト3は、人生の目的・ソウルメイト・天職 です。
それくらい皆さん、今のお仕事のどこかに ?? を感じているのですね。
光の存在に「天職にめぐりあうために、まず何から始めたらいいですか?」と尋ねると、「今、目の前にあること・仕事をしっかりとしなさい」と言われます。人生は昼でも夜でも、晴れでも嵐でも、順調なのですから、今、目の前にあること・仕事を自分なりに十二分に味わい尽くせば、その結果に関わりなく、ちゃんと天職にめぐりあうのです。

さて、
何かのためにやる、やらなければならないからやるお仕事は辛いですよね。
趣味の頃は楽しいけど、プロになってノルマやブレインたち、ファンたちに取り巻かれると・・・・草*君の気持ちもわかりますよねぇ。
天職って何でしょう?
みんなに喜んでもらえるお仕事  
みんなの笑顔がうれしいお仕事
みんなから求められ、認められるお仕事
(で、どこかで、自己実現の余暇を楽しめる収入もちゃんとあって・・・と思ってる?  だって、清貧な天職は正直、パス!でしょう・・・)
左脳スピリチュアルな世界でも、ある意味、一番あやふやなテーマですね。現実に、食べていかなきゃ、生活していかなきゃいけないから。

さてさて、
大吟醸米のように、あらゆるエゴ(もみ殻だね)ときずな(胚芽かな)を削り取られて(白米のところまで持ってかないでよ!・・・光の存在とつながっていなかったら耐えられなかったでしょうねぇ、あな恐ろしや)、その先に待っていたのは・・・・本物の天職に生きる人たちでした。
お客さん・患者さんに来ていただけて、ありがたいなぁ、うれしいなぁ。
喜んでくれて、笑顔になってくれて、ありがたいなぁ、うれしいなぁ。
お仕事をさせていただけて、ありがたいなぁ、うれしいなぁ。
もっと喜んでもらおう、もっと助けてあげよう、もっと何とかしてあげよう・・・という気負いやコントロール・エゴがないから、
晴れた丘を吹き抜ける風のように、とっても爽やかで心地よくって、
お客さん・患者さんもうれしくて、ありがたくて、こころの笑顔がニコニコしてきて。
お仕事って主客の関係(何かをする人・作る人〜それをされる人、受け取る人)だけど、ありがたいなぁ、うれしいなぁ、こころがニコニコ悦んでるよ・・・がグルグル善循環してるのが天職なんだなぁ、とわかりました。
楽しい には、楽しくない、辛い、嫌だ・・・反対言葉がいっぱい浮かび上がってきます。だから、楽しいは二元性の言葉ですね。
ありがたいなぁ、うれしいなぁ・・・大いなる存在:神さまへの感謝と慶びは一元性の言葉でしょう。反対言葉が浮かぶ? それはね、エゴちゃんだよ(だからね、生きている意味だとか、生まれてきた意味だとかを悩むんだよ)。
そんなわけで・・・
「天職とは感謝と慶びの和だと見つけたり」

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シャケ弁

今日の『癒しのことば』Vol.158から転載


 「なんと大洋の美しいことよ!
  なんと大空の澄んでいることか!
  点のような太陽!
  何事が起ころうと、この瞬間、生きていることでたくさんだ」

             -- リンドバーグ(アメリカの飛行家)--


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 禅の教えにこんなことばがあります。
 「お茶を飲み、ご飯を食べること。これこそが仏道である」

 それを聞いたある若い修行僧が、師にこう言いました。
 「それでしたら、私は毎日仏道を行っています」
 師は、こう答えたそうです。
 「おまえのは、そうではなかろう。そのときに他のことを考えておる」

 
 はじめて沖縄の海を見たときのことは忘れもしません。
 もう10年以上の前のことですが、飛行機の窓から見たあの青く美しい海は
 まだはっきりと記憶に残っています。
 
 翡翠色をした珊瑚礁、今まで見たこともないような優しく鮮やかな海面の色。
 白く走る波が、時間の流れを止めてしまったようです。

 私はしばらく何も考えることなく、文字通り我を忘れて、ただその海を眺め
 入っていました。

 
 実はその日、私はかなり気が滅入っていたのです。
 というのも、その前日、仕事でちょっとしたミスをしてしまって、得意先か
 らクレームをもらっていたのです。
 せっかくの休日でしたが、気持ちはとても旅行を楽しむどころではなかった
 のです。

 ミスしたことを悔やんで自分を責めていましたし、旅行から帰ってからのク
 レームの処理のことを思うと、頭が痛くなってきます。
 
 ところが飛行機から眺める沖縄の海は、そんなことを忘れさせてくれました。
 少なくともその瞬間は、私はしあわせに包まれていたのです。

 でも、すぐに仕事のことが頭に浮かんできて、私はまた気が重くなってしま
 いました。
 過去と未来が、ふたたび私を苦しめはじめたのです。
 

 禅の悟りの極意は、「今ここに生きる」ということだそうです。
 
 先のことを思い悩まず、過ぎたことを悔やんだりせず、ただ流れに身をまか
 せ、その瞬間だけを感じていることができれば、それだけで私たちはしあわ
 せに生きることができるのかも知れませんね。

 本当は、こうでなければならない、こうあらねばならないということなど何
 もないのでしょう。
 今、この瞬間がすべてで最高なのです。

 私たちだって、このままでいいのです。
 今のままが最高なのです。

 それさえ認めて、受け入れることができれば……
 「何事が起ころうと、この瞬間、生きていることでたくさんだ」
 という境地を味わうことができるのでしょうね。

 そしてそのためには、何かやっていて楽しいことに夢中になる時間を、でき
 るだけたくさん持つということが大事なようです。

 ……沖縄に着くと私は遊びまくって、仕事のことなどすっかり忘れてしま
 って楽しい時間を過ごすことができました。
 どうせ同じ人生の時間です。精一杯この瞬間を、楽しく過ごしましょうね。


@ 「今ここに生きる」
私が最初にこの言葉に触れたのは、瞑想を始めた頃でした。
雑念に気づいたら、ただそれを手放すだけの繰り返し・・・
あるとき、何かありがたい、大いなるものとつながった感じが一瞬ですがしました。あれがスピリチュアルの道の第一歩だったのかもしれませんね。
次の節目は、お仕事がムチャクチャ忙しくなって、休むまもなく、ただその日のお仕事を淡々とこなしていく・・・結果や先々など考える余裕なく・・・そしてあるとき、それまでの人生経験のすべて(ネガティブや失敗や挫折だと思っていたこともすべて)が今の一点に収束してきて、今のお仕事の原動力になってくれていることに気づきました。今がすべて。過去も未来も今につながり、今に生きている・・・意識が時空間を越えたのですね。
そしてその次の節目は、みなさんよりひと足お先に、持っていたエゴたちときずなを容赦なく剥ぎ取られていったここ数年です。どん底で、もがき、悩み、ネガティブな感情に翻弄されながらいただいた気づきは、「今日、生かされている」・・・今日という日をそのままで生きることを許され、認められ、愛されている・・・あるがままに、自分らしく生きることを許されている・・・それは誰もがこころ自由に自分を表現していいんだよ、everything is OK(イルカ:歌手のお父さんの口ぐせ)・・・今を生きるという最高の喜びと感謝、大いなる存在は自分の内にあるんだね・・・光は愛 愛は和・輪・笑・・・そんな気づきでした。
そして、まるで厄年が明けるように、今年になって、本物のきずな、本物の愛を得て、悦び、幸せ、ありがとうをみなさんにどんどんひろげていくお役目をいただきました。
「今ここに生きる」
今朝、お弁当のシャケを焼きながら、シャケさんが泳いできた川の景色、海とのお話、喜びとありがとうの中にいました。ベランダ菜園のレタス君たちはお日さまのエネルギーそのもので、虫さんたちに食べられようと、私たちに食べられようと、「今を生きる」喜びとありがとうに満ちあふれていました。
ご飯も仏道・・・そんな感じでしょうかねぇ。

ここ数年、光の存在は誰にでも「今を楽しみなさい」と言います。
今を楽しむ
今ここに生きる
同じことですね。だから、あるがままに、自分らしく、生きましょう。

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君だけのHERO

今日の『癒しのことば』Vol.157から転載


 「道は数限りなくあれど、わが辿る道はただ1つのみ
  花は数限りなくあれど、わが願う花はただ1つのみ
  わが道をいかしたまえ、わが花を咲かしたまえ」

                    -- 坂村真民(詩人)--


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 何かを始めよう。
 こんなことをやってみよう。
 新しい自分に生まれ変わろう。

 ……と思うことは比較的簡単ですが、それを実行に移すのは、かなり難し
 いようです。

 その理由はいくつか考えられますが、いちばん大きなものは自分が今持って
 いるものを手放すことが難しいということが挙げられるようです。

 何かを手に入れるためには、何かを捨てなければなりません。

 ところが、捨て去るということは本当に勇気が必要です。
 ちょっとした小物でさえ、ひょっとしたら何かの役に立つかも知れない、い
 つか必要になるかもと思え、捨てることができない人が多いですね。

 ましてや、私たちがいままで培ってきた価値観や信念、信条などを手放すこ
 とは至難の業といってよいのではないでしょうか。


 でも、大きく深呼吸するためには、まず大きく息を吐く必要があります。
 受け入れるスペースがないと新しいものも受け入れることができません。

 私たちが捨てるのをためらっている価値観や信念は、自分以外の誰かのもの
 というケースが多いのではないでしょうか。

 それらは、私たちがまだ幼い頃に学ぶことが多いようです。

 たとえば、子どもの頃に、私たちがすばらしいと思っていた人たち・・・
 両親や、学校の先生。
 または、近所のお兄さん、お姉さん。
 ひょっとしたら、テレビのヒーローなど。

 そんな人たちを見て私たちは、何が正しい、何が間違っている。
 これはいい、これは良くない、という価値観を身につけたのかも知れません
 ね。

 だけど……
 小さい頃、着ていた洋服がいくらお似合いだからといっても、大人になった
 今でも、まだその服を着ているとしたらちょっと変ですね。

 あなたが好きな服は、あなたが気に入るものを選べばいいのです。
 人にどう思われるか、どう見えるかなどあまり気にしなくてもいいのではな
 いでしょうか。

 あなたの人生ですから、何を捨てるか、何を手に入れるかを決めるのは、あ
 なたしかいないのです。


 他の人がどの花がいいと言おうとも、あなたには、これが最高だという花が
 あるはずです。

 そして、その花を心からすばらしいと思えるとき、あなたは本当に自分だけ
 の道を、歩き出すことができるのでしょうね。


@スピリチュアルって何でしょうね?
不思議・ミステリー  心霊・オカルト  前世・カルマ
ソウルメイト  ツインソウル  運命・宿命
波動・オーラ  アカシック・予知  アセンション・チャクラ・・・
いろいろありますけど、共通点は、大多数の目に見えない・五感を越えている事象かなぁ。

好きな絵 好きな音楽は人それぞれです。
誰が何と言おうと私はこれが好きだ!と、こころ熱くなれる絵や音楽があると幸せですね。
値段とか有名だとか評論家や専門家がすばらしいというから・・・はちょっと寂しいかな。

スピリチュアルって何? 
私は、「生きる悦び」だと感じています。
過去も未来も今、この悦び、幸せ、笑い、きずな のためにあって、神さま 大いなる存在がしっかりと、善き方へ、美しき方へと導いてくれています。
それが「生きる悦び」です。
五感で感じられるもの すべてに美とメッセージが息づいています。
五感を越えたもの・・・
大いなる流れや永遠を包み込むワンネスが輪になって
光も闇も虚無も和に溶け合って
生・・・幸せとありがとう  
すべての始まりにようやく辿り着いた想いです。
そのすべてはスピリチュアルです。

アマゾンを見れば、こぼれ落ちるほどのスピリチュアルな本があります。
どの本も道を説いています。表表紙にステキな花が描かれています。
どれを選んでも正解です。
どれが正しいとか、どれが優れているとか、思い始めるのも人生のお楽しみです。
これしかない、この人についていこう、も青春ぽくっていいですね。
なんでもあり、どれでもオーケー それがスピリチュアルです。

ここ数年、魂さんが身震いするような本に出会っていません。
勉強不足かな? なんて、去年、いろいろなグルの本を読んでみました。
・・・・・なんか・・・・ちゃうなぁ・・・と感じていました。
そして、今年の早春。
神さまはちゃんと道を用意してくれていました。
もう本は要りませんでした。
すべてのエゴたちを手放して、心情的に無一文の路頭生活を受け入れて、神さまと大いなる流れに命を委ねたその時に、
聖なるきずなで結ばれたパートナーさんと光輝く道を歩んでいる私にアセンションしてくれました。
これは私たちの道。ふたりでひとつの道。
そしてね、同じ道を歩んでいる人たちにボチボチ出会っていくことでしょう。
それが楽しみ。それが喜び。
ワクワク・ドキドキしてますよ。

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フナクリ・グループワーク「死の恐怖に打ち勝つために」のご案内

Dr.Okuyamaの前世療法グループワーク「死の恐怖に打ち勝つために」 
日時:7月5日(日曜)pm2〜5
会場:船戸クリニック 天音の里
講師:奥山輝実(奥山医院院長、脳外科・東洋医学・心療内科医、光の前世療法家)

今回は、来る7月11日 日本ホスピス研究会 全国大会in高知で行うシンポジウム&実践編の公開デモ版(無料)です。

 前世療法って何かしら? シンポジウムの前に、まずは体験していただきましょう。
 誰でもできる簡単なイメージ誘導を40分ほど続けていくと、意識の絶対的な左脳支配が弱まり、右脳の直感的な感性と共感力が高まります。過去生も亡くなった方の存在も光の存在や神さま(宗教や教義とは一切関係ありません)も、あなたの感性で「感じる」ものです。こころ素直になれば、誰でも繋がることのできる生死や時空を超えた美しい光の世界を楽しんでいただけますよ。
 過去生は、あなたの潜在意識が今のあなたに一番必要なメッセージを、ひとつの人生ストーリーに織り込んで気づかせてくれるギフトです。この日、この場所に集った深遠な意味を悟っていただければ幸いです。

 今回は「死の恐怖に打ち勝つための過去生へ」という誘導テーマで、みなさんを過去生へとご案内致します。

光の存在への質問(あなたの中に答えが返ってきます)
Q:どうしたら死の恐怖に打ち勝てますか?
Q:死の恐怖や不安を手放すために、まず何から始めたらいいのですか?
Q:私の死の恐怖の根源はどこにありますか?
Q:私が地球に生きている意味は何ですか?
Q:私のこれからの使命は何ですか?
Q:私が生まれてきた意味は何ですか? 今、生きている意味は何ですか?
Q:私のこの病気の意味は何ですか? どうしたら治りますか?
Q:最高に幸せな死を迎えるためには、どうしたらいいですか?
Q:私の死には、どんな意味があるのですか? 誰が何を学ぼうとしているのですか?Q:私の死は誰が決めたのですか? どうして私が死ななきゃいけないのですか?
Q:死とは何ですか? 人生とは何ですか?

Key Words:前世療法・過去生・死の恐怖・幸せな死・今生の使命 

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熊野川

今日の『癒しのことば』Vol.156 から転載


 「人生は道路のようなものだ。
  いちばんの近道は、普通いちばん悪い道である」

              -- ベーコン(イギリスの哲学者)--


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 雨の日に、外回りの仕事に出ることは、とても大変です。
 冬は、冷たい雨で凍えそうになりますし、夏は夏で蒸し暑く、雨と汗で身体
 がじとじとして、不快でたまりません。

 誰しも、何かと理由をつけてサボりたくなってしまいますね。

 ある訪問セールスをされている方から聞いた話ですが、雨の日の営業活動に
 も、3つの選択肢があるそうです。

 1.雨が降っているから、外をまわるのをやめて喫茶店で時間をつぶそう。
 2.みんなが行くから、仕方なく営業に出ることにしよう。
 3.雨の日こそ、がんばるぞ、と自分を奮い立たせよう。

 どの選択肢を選ぼうとも、全く同じ時間を過ごすのですが、1日が過ぎてみ
 ると、気持ちが全くちがって感じられるそうです。

 サボって過ごした1日は、時間を無駄にしてしまったという後悔ばかりが残
 りますし、同僚が成績をあげてるのを見たりすると、強い自己嫌悪を感じて
 しまいます。

 また、いやいや外回りをしていると、早く終わらないかなとばかり考えて、
 苦しい1日になってしまいます。
 そして「こんな雨の日には、売れるはずがないよ」という気持ちになるため
 か実際にも、さっぱり売れなくて疲労感ばかりが残るそうです。

 ところが、雨の日に積極的な気持ちでセールスに向かうと、いつもよりも、
 気持ちよく仕事ができるということです。
 たしかに、はじめはイヤだという気持ちも湧いてきますが、思い切って外へ
 出てみれば、普段気づかないようなことも見えてくるそうです。

 さらに、雨の日には、お客さんが家にいることが多いですし、こんな雨の中
 を気の毒に思うのか、いつもよりいい結果を残すことができるようです。
 「ご苦労さんね」
というひとことが、晴れている日よりも、もっと心にしみるということです。

 また仮に、売り上げがなかったとしても、よくがんばったという充実感があ
 り、仕事が終わった後のお酒がとてもおいしいそうです。


 同じことをするのでも、イヤだと逃げる気持ちがあれば苦しくなりますし、
 自分から立ち向かっていけば、得るものも多いようですね。

 人生だって、同じです。
 楽しいこと、自分がワクワクすることだけを選んで生きていくことができれ
 ば、それに越したことはありません。
 でも誰でも、立ち向かわなければならないこと、直面しなくてはならないこ
 とがあります。
 
 よく「楽しい」ことと、「イヤなことから逃げる」ということを混同してい
 る人がいますが、これは同じではありません。

 あえて、苦しいと思えるような道を選んでみると、普段見えないようなこと
 も見えてくるのかも知れません。
 苦しいときにがんばったという感動と経験は、楽をしているときの何万倍も
 の価値があるようです。
 
 そしてそれこそが、自分が本当にワクワクすることを発見するための、近道
 になるということも、多いようですね。


@先日、熊野の瀞峡観光に行ったときのお話です。
ジェット船の水しぶきの一粒一粒がキラキラと命を輝かせていて、
木魂の宿る澄んだ空気と一緒になって、
身体の細胞ひとつひとつまで悦びニコニコ癒されました。
澄みきった水が深い緑の淵となったところを、そう、それでも川幅は50mくらいあったでしょうか・・・若い鹿が泳いでいました。
向こう岸は巨大な男岩がつらなっています。
泳ぎ切っても、登れるのかしら?
滑り落ちたり、登り疲れたら、おぼれ死んじゃうよ?
・・・・
船のお客さんたちも心配顔です。
そして、鹿さんは岩のすきまから無事に向こう岸に登って、すまし顔でこちらに目をやってから、森の中に消えていきました。
人間はつい先のことを心配してしまいますね。
できない理由は簡単に浮かんできます。いくつも、いくつも。
あの鹿さんは、別に野犬に追われていたわけでもないけど、ともかく向こう岸に行きたかったのでしょう。何か目的があったのでしょうね。
向こう岸にある喜び&幸せに続く道だから、それが熊野川でも、巨岩の岸でも、
大丈夫 大丈夫! やればできる、さぁ、やってみよう!と川に飛び込ませたのでしょうね。
目的:夢をしっかりと見つめている目は、未来から今、そして過去まで見渡す時間を超えた幅広い視野を持っています。
大丈夫、出来るという自信と、見守られている、つながっているという感謝を持っている目には、次元と空間を思いのままに引き寄せ繋げるエネルギーが充ちています。

鹿さんが持っていなかったもの:お金、財産、地位、名誉、セレブな愛・・・八百万のエゴたち
鹿さんが持っている・求めているもの:きずな・・・愛、悦びの命

エゴを持てば持つほど、守りに入ります。
失う恐怖が不安と疑心暗鬼の世界を創り出します。

愛のきずなと命の悦び感謝を知ると、そんな幸せを誰かにも受け取ってもらいたくなります。愛と悦びと感謝が外へ外へとひろがっていきます。
魂さんの愛と悦びと感謝には、永遠の今が幸せに満ちあふれます。

鹿さんもきっと、そんな命の悦びとありがとうに導かれて、熊野の川を渡ったのでしょうね。

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光のメッセージ 20090601

Q:今回の人生の目的は何ですか?
@:忍耐。
Q:忍耐から何が得られますか?
@:愛を知りなさい。自分が苦しいから愛がわかります。
Q:私にとっての愛とは何ですか?
@:待つことです。恐れから急ぎ過ぎています。過去生で息子を連れていかれたから、何か起こってからだと遅いと思っています。今のあなたは大丈夫だから、ゆっくりしなさい。

Q:パートナーのうつ病は治りますか?
@:治ります。
Q:パートナーのうつ病から、私は何を学んだのですか?
@:愛・・・包み込むような愛です。まずマッサージしてあげなさい。

Q:どうしたらあるがままに生きられますか?
@:自分を信じることです。ともかくやりなさい。あなたには癒す力があります。まず、自分にしてみなさい。

Q:本当の自分でいるためにはどうしたらいいですか?
@:自分を信じなさい。祈りなさい。夜、外で空に向かって、星にむかって、力を下さい、と祈りなさい。
息子を大事にしなさい。息子を信じて、手放しなさい。このままでいい、今のままでいい、十分やっている、ありがとう、を伝えなさい。

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愛してる・・・

今日の『癒しのことば』Vol.155から転載


  「愛のメッセージを聞いてほしければ、それを送らなくてはならない。
   ランプの火を燃やし続けるには、油を絶やさぬことだ」

                    -- マザー・テレサ --


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 もしあなたが本当に好きな人に、自分の気持ちを伝えるとしたら、
 どんなことばをつかいますか?

 あなたのこんなところが好き。
 こんなことをしてくれるから好き。

 ことばは、いろいろ見つかるかも知れません。

 でも、
 「愛している」
 というひとことほど、本当の気持ちを伝えることばはないでしょう。

 愛している・・・
 理由なんて、どうでもいいのです。

 好きだから好き
 愛しているから愛している

 それだけでいいのではないでしょうか。
 あなたのハートが、そう言うのですから・・・

 一緒にいて楽しい
 気持ちが楽になる

 それだけで、充分ですよね。

 そして、いつまでも一緒にいたい。
 だって、愛しているから・・・

 だったら、言ってみましょうよ

 いちばん、大切で・・・
 いちばん愛している人に・・・

 もちろん、いいところも、そうではないところもあるでしょう。
 だけど、いつも精一杯、あなたのためがんばっている・・・
 
 そう、あなた自身に、ただひとこと
 「愛してる・・・」

 それだけで、あなただって、
 心から、うれしくなって、その愛を・・・
 
 もっともっと他の誰かにも、
 伝えてあげることができるようになるでしょう。


@ 愛してる・・・
こころからそう言える人がいれば、
生まれてきてよかったなぁ
生きてきてよかったなぁ
がんばってきてよかったなぁ
これまでのすべてがありがたいなぁ
うれしいなぁ、楽しいなぁ、美しいなぁ、ステキだなぁ・・・
そう思えてしまいますよ。

そして、天職や天命が日々の働きの中にあって、
みんなが幸せになりますように、
笑顔になりますように、
こころも身体も悦びに充ちますように、
そんなお仕事をさせていただけるのが幸せで、うれしくて、ありがたくって。

何も、愛で世界を救うにはどうしたらいいのか・・・なんて考え込まなくっていいのですよ。
ただ、宇宙で一番大切な人と「愛してる ありがとう」の言葉を交わし合うだけで大丈夫なのです。
宇宙で一番幸せなきずなが星の光のように輝けば、その愛の波動は時空間を越えて一瞬で無限にひろがり、宇宙で一番幸せな星々がどんどん輝きを増していって・・・ほらね、愛の光で満ちあふれた宇宙になったでしょう。
これはね、アカシックの聖堂に描かれている近未来のビジョンですよ。
これから、愛を交わし合う人たちがどんどん増えてきます。
赤ちゃんの笑顔のように、だれもがうれしく、幸せになれる愛の波動を楽しみましょうね。
それが今を楽しむということ。今を生きるということですよ。

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心眼自愛流

今日の『癒しのことば』Vol.154 から転載


 「だけど、目では、なにも見えないよ。心でさがさないとね」

        -- サン・テグジュペリ(星の王子さまより)--


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 人は他の人に対し、いろいろな評価をしています。
 あの人はいい人だ、鬱陶しい人だ、すばらしい人だ、ダメな奴……

 そして、自分に対しても、やっぱりいろんな評価をしているようです。
 私は、積極的だ、消極的だ。
 明るい、暗い。
 しっかりしている、だらしがない。
 いい人だ、悪人だ……

 でも、あなたが思っているあなたは、果たして本当のあなたなのでしょうか?
 
 私たちは、生まれてからずっと家庭で、学校で、会社で比較されて育ってき
 ました。
 そしてひょっとしたら、いつしか他人との比較でしか自分を見ることができ
 ないようになってしまっているのかも知れません。


 聖書にこんな話があります。

 エルサレムの神殿前に置かれた箱に、人々が献金していきます。
 それを見ていたイエスが、弟子たちにこう問います。
 「彼らのなかで、誰がいちばんたくさん入れたと思うか?」

 弟子たちが考えあぐねていると、イエスはこんなことを言いました。

 「実は、あの小銭を投げ入れた貧しい女こそ、他の誰よりも多くを入れた。
  なぜなら、他の者たちは、有り余っているもののなかから入れているが、あの女は、乏しいなかから持ち金をすべて入れていたからである」

 イエスが教えたのは、目には見えない真実です。

 私たちは、ちゃんと目を開けて見ているつもりでも、自分の価値観やものさ
 しというフィルターを通してしか、ものを見ることができません。

 これは正しい、間違っている。
 あの人はいい人だ、わるい人だ。
 というのも、私たちの、心の鏡に写ったものを見て、判断しているのに過ぎ
 ないのです。。
 別の人が見たら、また別の判断があるのでしょう。

 といって、先入観を廃した、客観的な事実が真実かというと、どうやらそれ
 も怪しいようです・

 聖書の話でも、数量的には、その女の人よりも、たくさんお金を入れた人が
 いくらでもいたでしょう。

 それは事実かも知れません。
 でも、事実が証明できたとしても、あの女の人が、いちばん多く献金したと
 いうのは紛れもない真実のようです。

 真実は、心の目を開いて見る必要があるようですね。
 そのためには、あなたが、どう感じるか、どう思うかということを大切にす
 る必要があるようです。

 
 あなたは、自分のことをどういう人間だと見ていますか?

 自分をこれだけの人間だ、と限定しているとやっぱり、それに応じた人生を
 送ることになってしまいます。
 もし、今の自分に満足できないとしたら、ちゃんと本当の自分を見てあげて
 ください。
 
 他の人の評価なんかどうでもいいのではないでしょうか。
 学歴、どんな会社へ行っている、収入がいくら、容姿……
 そんなものさしだって、あんまり意味がないようです。

 あなたの真実は、あなたしか見えないのですから。

 あるがままのあなた。
 それをちゃんと受け入れることができれば、今のあなたがが最高だというこ
 とが、きっと見えてくるのでしょうね。


@昨日、熊野の本宮さんと速玉さんにお参りしてきました。
そこで、エルサレムの神殿と同じ気づきをいただきました(この日の癒しの言葉はまだ見てなかったので、すごいシンクロですね)。

あるがままの自分を
認めること 許すこと 愛すること
大いなる光の存在の口ぐせです。
大いなる光の存在とつながった人は誰もがこの言葉を繰り返します。
自分を認め、許し、愛せたら、至福の感謝が拡がります。
感性と共感が満ちあふれている新しい宇宙に生まれ変わります。
そして、そこでは、あるがままの自分を認め、許し、愛してくれる人との時空間を越えた確かな約束の出会いが必ず待っています。
大丈夫、大丈夫。
エルサレムの神殿でイエスさまに見えていたのは、そんな至福の感謝のエネルギーだったのでしょうね。

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